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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」

友だちの記憶に残る阪神・淡路大震災の体験が、私の心にもほろ苦く刻まれる理由

しかし簡単に買えたわけではない。長時間にわたって物陰に身をひそめ、人通りが途絶えた瞬間を狙って忍者のようにコンドームを購入し、足早に立ち去った。そして、家に帰って何食わぬ顔で家族と夕飯を食べ、早々に自室へと引き上げたそうである。

両親が寝静まるのを辛抱強く待ち、ようやく買ってきたコンドームを取り出す。なるほどこういうものか。こんなものが本当に役に立つのだろうか……。説明に従って試しに装着してみるも、なかなかうまくいかない。失敗して数個をダメにした後、ようやくうまく扱う方法がわかった。結局そのまま気分が高揚してあれこれを済ませ、その後、「なんて愚かなことをしてしまったんだろうか」と激しい罪悪感に襲われたという。

そしてその罪の意識を噛みしめるようにして眠り、午前5時46分が来た。
激しい揺れに目覚めた同級生のぼーっとした頭に真っ先に浮かんだのは「あんなことしたからバチが当たった!」という思いだったという。

「いやいや、どんだけ大きなバチやねんって話やで」と友人は笑いながら語り、私もつられて笑ってしまった。
そして友人はその次に、今度は自分自身の実体験を話して聞かせてくれた。

高校生の他愛のない体験もまた、紛れもなく震災に直面した事実なのだ

友人は子どもの頃、父親に遊んでもらうのが好きだった。かっこよくて力持ちで、いつもはクールだけどたまにふざけて笑わせてくる。しかし、高校生にもなるとそんな父親とも距離をおきたいような気分になってくる。コミュニケーションも減り、父親と言葉を交わすのはたまに生活態度について咎められるような時だけになっていた。

震災が発生した時、友人は自分の部屋のベッドの上で熟睡中だった。突然体が強く揺さぶられると、友人は夢うつつの中で「お父さんがふざけてベッドをガタガタ揺らして起こそうとしてる」と思ったらしい。「ははは。わかったもうー!」と笑いながら起き上がり、父がベッドを揺らしているのではなく、部屋自体が揺れているのだと数秒遅れで気づいたという。

「ほんまに最初はお父さんがベッドを揺らしながら『ほーれほーれ!起きろー!』みたいにやってると思ってん。高2にもなった息子をそんな風に起こしにくるわけないのに。っていうか普段全然口もきかんし。そもそもベッドぐわんぐわん揺らせるってどんな怪力よな」と、この話も友人にとっては笑い話で、でもその後に少し遠い目になって「でもほんまに怖かったよ……。同級生でも家族が亡くなったりしたやつもおったし」と言った。

私の方からはそれ以上を聞くことはできず、その場での話はそれで終わりになったと記憶しているのだが、それから20年近く経った今も、阪神・淡路大震災のことを考える時は、いつも同時にその二つの話が記憶の底から引っ張り出されてくる。

どちらも本当に他愛もない、バカバカしいような話で、彼らはそれだけのことで済んだけど、すぐ近くの別の場所では命を落としたり、体や心にいつまでも残る傷を負っている方が大勢いる。そういう悲痛な思いに比べたら、あまりに取るに足らない話だ。同じ震災の話として語るのが不謹慎なのではないかとすら思う。でも私にとっては、テレビの画面で連日見ていた惨状とは別に、自分と同じ普通の高校生の日常もまた、震災というものに直面したということを生々しく感じさせてくれる話なのだ。

海と山に囲まれた神戸は都会でありながら庶民的な顔も持つ素敵な街だ
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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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