よみタイ

あの発言の本当の意味は何だったのだろう…いつまでも脳内から消えないあの人の不思議な言葉

六軒家川にかかる橋の上で聞こえてきた「イルカ」という言葉

もう一つ、忘れられない言葉に関する話を別の友人から聞いた。

その友人は大阪市の西部にある此花区という地域に住んでいる。ある日、最寄りの駅前にある居酒屋で深夜まで賑やかに飲んだ。飲み会がお開きになったのは午前1時を過ぎた頃だったという。そこから歩いて20分ほどの距離にある自宅まで一人で帰る。

駅前にはまだ営業中の店なども何軒かあって明るい雰囲気だが、そこから少し離れると一気に人通りの少ない住宅街となる。街灯が設置されている間隔もまばらなため、周囲はかなり暗く、よく知った場所とはいえ一人で歩くのが心細いように感じた。

自宅への道の途中には橋がかかっている。六軒家川という川にかかる橋だ。近づいていくと橋の中ほどに佇んでいる人影が目に入った。人影はその場からじっと動かない様子で、深夜ということもあってなんだか不気味に思えた。とはいえ、そこを通らねば家には帰れない。友人は一度大きく息を吸い込み、小走りに近いほどのスピードで橋を渡っていくことにした。

橋の上に立っているのは年配の男性のようだった。欄干に腕をつき、川をのぞき込むようにしている。少しずつその姿が近づいてくる。緊張しながらいよいよすれ違おうというその時だった。男性が川を見つめながらボソッと言葉を発するのが聞こえた。
「最近イルカ見ぃひんなぁ」と。

友人は一瞬ドキッとしたが、その感情の動きを相手に悟られまいと、息を止めたまま通り過ぎた。
ようやく自宅が近づいてきたところで少し安堵しながら、「たしかに『イルカ』って言ってたよな……」と思った。

大海にかかる橋ではなく、町中の橋の上でイルカという言葉を聞くなんて
大海にかかる橋ではなく、町中の橋の上でイルカという言葉を聞くなんて

町の中を流れる小さな川である。イルカがいるはずがない。それとも「イルカ」とは別の何かを意味する隠語なのだろうか。もしかして川に浮かぶ水死体のことだったりして……と、深夜の一人歩きからか不穏なイメージも頭をよぎった。
イルカ、イルカ、イルカ、あれは何のことだったんだろう。

それ以来、その川を渡るたびにチラッと川面をのぞくクセがついてしまったと友人は語る。
「あのおじさんが言っていた意味がわかる時が来るんじゃないかって、ちょっと怖いんだけどついつい川を見てしまうんです」と言う。

と、そんな友人の話のことをこの原稿に書こうと思って下調べをしていた私は驚いた。友人が渡った六軒家川はすぐ下流で安治川という川に合流するのだが、その安治川で数年前にイルカの姿が目撃されていたらしいのだ。

隠語でも何でもなく、あの背びれのある正真正銘のイルカである。その姿は映像にもおさめられ、テレビのワイドショーでも取り上げられたらしかった。考えてみれば六軒家川は安治川に合流して大阪湾に出て、そして果ては広い外海とつながっているのだから、なんらかの拍子にイルカが迷い込んでくる可能性がまったくないとは言い切れないのだ。

そしてそのイルカが帰り道を見失って近くの別の川に姿を見せることも、あり得ないことではないだろう。橋の上にじっとたたずんでいた男性はきっと、ある日本当にイルカを目撃したのだ。信じられないような光景に驚き、それからずっとイルカの姿を探し求めていたのかもしれない。

友人がふと耳にした言葉は聞き間違いじゃなかった。その川には本当にイルカがいたんだよと、早く会って伝えたくてそわそわしている私だ。

(了)

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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