よみタイ

噛まれても引っ掻かれても見下されても…どうして猫は可愛いままなのか

愛猫の咬み傷が原因で大変なことに……

私は神戸市の東灘区にあるテイクアウト専門のモダン焼き屋を訪れていた。
おしゃべりな店主が大きな鉄板の上でボリュームたっぷりのモダン焼きを焼き上げていく、その様子を目の前にしながらあれこれと会話をするのが楽しい。

77歳になる白髪の店主は最近になって膝を痛めたそうで、「もう嫌になるね。いつやめてもいいと思いながら仕方なくやってる」とぼやきながら今日も鉄板の上で腕をふるう。

私が注文した直後、スーツ姿の男性客が一人店にやってきて私の隣に腰かけた。
「あれ、久しぶり! うちの店にとうとう愛想を尽かしたのかと思ったよ」と店主。これまではかなりの頻度でここにモダン焼きを買いに来ていたご常連さんらしい。
すると男性は「いやぁ、大変だったんですよ」と口を開いた。

「夏から3か月近く入院してまして、最近やっと会社に行けるようになったんです」と男性は言う。「えー! どうしたの」と店主が聞くと、「飼っている猫にね、噛まれたんです。そしたらそこからばい菌が入ってしまって」とのこと。

男性が家で飼っている猫は、たまに器用に自分で網戸を開けてベランダに出ていこうとするんだという。危ないので家の中に猫を連れ戻そうとして体をつかんだところでガブッと腕を噛まれた。痛みを感じつつもとりあえず無事に猫を屋内に戻し、それからしばらくはいつも通り生活をしていたそうだ。

今思えば噛まれた後にすぐ消毒をしておけば大事には至らなかったであろうところ、大したことはないかと思って放っておいたのがよくなかった。痛みがなかなか引かないなと思っているうち、気づけば噛まれた部分とその周囲がパンパンに腫れあがるほどになってしまったのだ。

「こっちの腕が全然上げられないぐらい痛くて、病院で診察してもらったらすぐに入院やと言われて……」と、男性は今はすっかりよくなったという腕をさする。そのまま3か月も入院することになったというのだから大変なことだ。医者には「危なく腕を切らなくてはならないところでしたよ」と脅かされたそうである。
「腕を切るだけで済んだらまだいい方で、命にかかわることだってある」とも言われたとか。

だが時に猫は想定外の瞬発力を見せるものだ
だが時に猫は想定外の瞬発力を見せるものだ

何があってもやっぱり猫が好き

それでも病院で男性が心配していたのはその飼い猫のことだった。
一人暮らしなので、実家から母親に通って世話をしてもらうことになり、猫の様子を母から伝え聞きながら、こんな時はこうしてやってとお願いし、絶えず気にかけていた。

そんな話を男性がしているのを聞いて、私は思わずそこに割り込んだ。
「あの、猫は元気なんですか?」と聞くと、男性は少し笑って「猫はもう、えらい元気です。ようやく私が帰っても、『久しぶりやな』みたいな。まあ、猫は何にも悪くないですからね」と言う。

「こんな大変な目にあったから少しは猫のことが嫌いになるんかなと思ったんですけど、そんなことないもんですね。猫はどうしたって可愛いですわ」と男性が語るのを聞いていた店主が「とにかく、無事でよかったよ。今日は特別! 牛スジを倍にしてあげましょう」と、この店のモダン焼きの売りである柔らかくて旨みたっぷりの牛スジ肉をトングでドサッと掴んで炒め合わせた。

牛スジ倍増の恩恵はたまらなく美味であった
牛スジ倍増の恩恵はたまらなく美味であった

そして店主は私の方を向き、「こっちの人にサービスしたからにはあなたにもサービスしなきゃ不公平か。よし、そっちも大サービス! あなたが一番ラッキーだったね、猫にも噛まれてないのにね」と言って笑顔を見せるのだった。

(了)

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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