よみタイ

同僚が聞かせてくれた面白ネタを他の人にも話したら発覚した衝撃の事実

そんなある日、私にその話を聞いた友人から「この前の話なんだけど」というような文面から始まるメールが送られてきた。
なんのことだろう、とメールに目を通した私は驚いた。それによると、友人が「ババアに謝れよ!」の話をまた別の友人に話したところ、意外なリアクションがあったという。
「……その話、聞いたことがあるな」と言われたらしいのだ。

友人のそのまた友人によると、少し前に放送されたテレビかラジオかで、当時人気のあったお笑いコンビの片方が同じ話をしていたとのこと。細かい部分までまったくそっくりだったそうである。

私にメールを送ってきた友人は「まあ、それだけなんだけど。もしかしてあなたにその話をしてきた人は、芸人の話をそのまま聞かせたのかも。一応言っておこうと思って」と書いていた。

えー! どういうことだ⁉︎
つまり私に最初にその話を聞かせてくれた同僚は、どこかで聞いた話を自分の体験談として私に語ったということか。でも確かに「この前この辺りでこんな場面に遭遇した」という風に、自分の体験談として話していたはずなのである。なんだかゾッとして、背中に冷や汗が流れてくる。

そしてまた、何だろうか、この不思議な恥ずかしさは。「うちの会社の同僚が面白いんだよ! この前、こんな話をしててさー」などと得意気に語っていた自分の間抜けな姿が、セピア色の写真のようにフラッシュバックしてくる。
みんなに言って回りたい、「ババアの話、あれ、ナシナシ!忘れて!」と。謝りたいのは私のほうである。

だが彼の話はいつも面白くて愉快な気持ちになる。それでいいのだ

後日、例の同僚と居酒屋で酒を飲んだついでに、そのことについて勇気を出して確認してみた。
「あの話を友達にしたらさ、芸人がテレビかなんかで同じ話をしてたっていうんだよね。あれ、結局なんだったの?」と、今思えばよくそんな気まずいことを正面から聞けたものだと思うが、酔った勢いもあったのだろう。

しかし、思い切って切り込んだ私が肩すかしを食らうかのように、同僚の答えはあっけらかんとしたものだった。
「あ! バレたか! いやぁ、自分の話ってことにした方が面白いかと思ってさ」と笑っている。
そして「まあまあ、それはいいじゃない! 乾杯しよう! 飲もう!」とビール瓶をこちらのグラスに差し向けてくる。その勢いに押された私はそれ以上詳しく聞く気もなくなり、「ま、いっか」と注がれたビールをグイッと飲み込んだ。

ちなみにその同僚とはそれからもずっと長く付き合い、引き続きあちこちに評判のラーメンを食べに行ったり、居酒屋で酒を酌み交わしたりした。
その後も彼からたくさんの面白い話を聞かせてもらったが、そのうちのどれぐらいが本当に彼の体験したものなのかはわからないし、なんだかそれはそれで愉快な気がするのだった。

(了)

そうそう、乾杯! 乾杯! 今日のビールも最高!
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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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