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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」
たまたま居酒屋で隣あわせた人と話が弾み、そのまま連絡先も交換せずに別れた。
電車の向かい側に座った人をずっと眺めていた。
一期一会といえばそれまでだけど、その時の会話が、表情が、何気ない何かがずっと頭に残って離れない……
スズキナオさんの毎日はそんなモノで溢れている。そこで湧き上がる気持ちを彼はこう表現することにした。
「むう」と。この世の片隅で生まれる、驚愕とも感動とも感銘ともまったく縁遠い「むう」な話。

今回は思いがけないケガによる入院が教えてくれた、これまた思いがけない教訓(のような)の話に「むう」となるのです……。

突然のケガと入院によって一生忘れないであろう2つの教訓を一気に学んだ話

ケガによる入院は突発的なことが多い。環境の激変は大人にも子どもにも大変な事件だ

病気やケガで入院するということは人生の一大事である。
医師や患者たちと一緒に、自分が普段暮らしている住まいとはまったく別の空間で過ごす時間。それまであった普通の毎日がかけがえのないものに思われてくる。

私は小学一年生の時に腕の骨を折って一ヶ月ほど入院した経験があるのだが、当時を回想する母の弁によると、入院当初は慣れない環境に耐えかねてシクシク泣き通しだったそうである。

しかし、同じ大部屋に入院していた方々が気を遣って優しくしてくれたのだろう。私は徐々に同室のメンバーに心を開くようになっていった。
その中に一人、割り箸鉄砲を作るのが上手なおじさん(といっても今思えば20代、30代ぐらいの方だったかもしれない)がいて、銃身が長いのやら連射ができるのやら、たくさんの割り箸鉄砲を作ってプレゼントしてくれた。だいぶ昔の記憶なので入院生活の細部はほとんど覚えていないのだが、病室の全員がその割り箸鉄砲を手にしてそれぞれのベッドの上から輪ゴムの撃ち合いをした……その光景に痛快なものを感じたことだけはぼんやりと残っている。

当時の大部屋はこんなに近代的ではなかった……から、割り箸鉄砲合戦の会場にも似つかわしかったのだ
当時の大部屋はこんなに近代的ではなかった……から、割り箸鉄砲合戦の会場にも似つかわしかったのだ

いよいよ退院の日を迎え、久々に家に帰ってきた私は大泣きしたという。「嫌だ! 病院に帰りたい!」というのだ。
母がなだめてもずっと泣き止まず、ついに父が激怒して私を叱りつけた。「そんなに嫌なら勝手に行け!」と、その時の父の怒りようはこれまで見た中でも有数のものだったと母は語る。私が入院生活から学んだのは「病院が楽しくなり過ぎると親に怒鳴られる」ということであった。

ところで「突然入院することになって、人生の教訓を得た」と語る友人がいる。
20年ほど前の話で、当時友人は専門学校に通う学生だった。友人は学業の合間にコンビニでアルバイトをしていて、退勤時に消費期限が切れたばかりの廃棄商品をもらって帰るのが楽しみだったという。今では衛生管理上そういうこともないのかもしれないが、当時は割と黙認されていたことだったという。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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