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「男らしさ」幻想から抜け出そう 酒を飲まずに楽しく生きる方法

日本のアルコール依存症者の9割は男性です。
そのため、アルコール依存症の治療方法や疾病理解は、男性をマジョリティとして確立されてきました。
男であることと、お酒を飲むこと/飲み続けることには、どのような相関関係があるのでしょうか。そこには、男性特有の「本音を語れない」「弱音を吐いてはいけない」という心理が影響しているようで——。

前編では、お酒の力を借りてしか弱音を吐けない、「男らしさ」というものの呪縛が明らかになりました。
後編では、「とりあえず飲もう」以外で、男性同士がつながる仕組みについて考えていきます。

『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』より、著者の斉藤章佳さんと、「男性学」研究のトップランナーである田中俊之先生との対談を再編集してお届けいたします。

「男らしい」と言われたい男たち

田中:これは教育社会学の分野で言われていることですが、例えば男らしさにこだわって逸脱行動に走り、不良になった子がいる場合、彼には「それって男らしくないよ」「18歳にもなって、そんなことしているのはダサくて、もうちゃんとしたほうが男らしいよ」と言うと、対処療法としては結構効くんだそうです。
 だから、もし「自分は男だから、酒なんかに飲まれていない」と主張することが彼らの男らしさのこだわりを達成しているなら、「いやいや違いますよ、これをきっぱり認められるのが男らしいじゃないですか」と言うことが、もしかしたら効くかもしれないですね。

斉藤:それは重要な逆説的アプローチだと思います。

田中:長期的、根本的な解決にはなりませんが、短期的には効くかもしれない。

斉藤:アルコールではないですが、以前こういうエピソードがありました。依存症の人は再発を避けるために、日々のさまざまなリスクに対する対処行動(コーピング)を実践しながら、今日一日やめるということを積み重ねています。だから、行動化できたのにしなかったのは、うまく対処できたという理解になります。
 しかし、まだ回復が進んでいない人には、せっかくできたのにあのとき行動化できなかった、損したという気持ちが残ります。この「損した」という認知が、実は再発につながっていくんです。
 ある盗撮の常習者が、「男だったら、ここで盗撮しないと男が廃る」と思ったと言っていました。せっかくできる状況なのに自分はやらなかった。でも、男だったらここでやるべきだろうという気持ちが出てきて行動化するんです。そこで男らしさのとらわれが出てくる。

田中:「据え膳食わぬは男の恥」みたいなことですよね。それなら、説得は効きそうですね。その人に「逆だよ。ここでやらないのが男だ」というのは絶対効きますよ。

斉藤:アルコール依存症者の再飲酒も、飲むときに、男らしさというとらわれの中で飲んでいる人が多いと思います。本当は断酒しないといけないのに、なぜか「ここで飲まないと男が廃る」「ここで飲まなきゃ男じゃない」という思いにとらわれている。

イメージ画像:写真AC
イメージ画像:写真AC

田中:やっぱり意味付けを変えてあげたほうがいいんですね。ジェンダー論からすると賛否両論あると思いますが、こういう現実的な問題の、一種の対処療法としては有効ではないですか。

斉藤:効くと思いますね。「ここで飲まないのが男だよ」と伝えるパラドキシカルな精神療法。長年のサラリーマン生活の中で刷り込まれた発想を逆転させるような、ジェンダーの問題からのアプローチですね。
 クレプトマニア(窃盗症)の人は女性が大半なのですが、「ここで盗まないと女が廃る」という人はあまりいない。女性のアルコール依存症の人も、「ここで飲まないと女らしくない」とは思っていないでしょう。やっぱり「男たるもの」という縛りがあると思いますね。

田中:なんでもかんでもジェンダーの視点で見られるわけではありませんが、その視点を入れたときに、これまでわからなかったことに、ぱっと光が当たるようなことはあるかもしれないですね。

斉藤:そう考えると、男らしさのとらわれから解放されるというのは、依存症から回復していった男性たちを見るとよくわかります。
 彼らは確かにマッチョじゃない。角が取れて非常に楽に生きています。私も回復を続けている人と話をすると、逆にこっちが病気なんじゃないかと思うぐらい、いろんな思考のとらわれの中で生きていると感じます。
 要は男社会のパワーゲームから降りて、自分がどう生きるのが自分らしいのか、楽に生きていけるのかというところですね。もともとあったジェンダー観のとらわれに、どこかで気づいて、それを手放して回復していくんだと思います。

田中:なるほど。ということは、逆に考えれば本来その人はそういう解き放たれた人生を送れる可能性もあったのに、「男とはこうあるべき」という考えに巻き込まれた。飲酒が、そうした考えを強化する儀式として定期的に行われて、その価値観に疑いを持たせなくしていく強制の仕組みとして機能しているという可能性はありますよね。

斉藤:そうですね。今、依存症の当事者研究を東京大学の熊谷晋一郎先生のグループが行っていますが、男性依存症者の男らしさのとらわれからの解放という視点は、非常に重要になってくると思います。

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田中俊之

たなか・としゆき
1975年生まれ。大正大学心理社会学部人間科学科准教授。博士(社会学)。
男性学の視点から、男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。
著書に『男性学の新展開』『男がつらいよ——絶望の時代の希望の男性学』『〈男〉はなぜ嫌われるか』『男が働かない、いいじゃないか!』『男子が10代のうちに考えておきたいこと』などがある。

斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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