よみタイ

夏祭りの夜は人を全力で走らせたり、恋よりとうもろこしを選ばせる奇跡が起きる

クラスの気になるあの子にいいとこ見せたくて

別の友人に聞いた小学校高学年の頃の話。

やはりこれも夏祭りの思い出だ。千葉県育ちの素朴な少年だった友人も、それなりに異性のことが気になる年頃にさしかかった。ケミカルウォッシュのジーンズに英字新聞柄のシャツという、時代を感じるファッションに身を包み、なんとなくそわそわしながらお祭りへ出かけたという。

そこには学校の同級生や地元の友達が大勢集まっている。それぞれちょっと普段より大人びた格好をして、気合を入れて来ているのがわかる。気になるクラスの女子も友達と一緒にやってきていて、それを見かけて胸が高鳴る。今夜、何かが起きそうな気がする。

しかし、特に何も起こらないのである。
お祭りの夜に恋が始まるような、そんなドラマやマンガみたいなことは現実にはそうそうないのだ。ただただ歩き回るうちに時間が過ぎていく。そしてお祭りがいよいよ終わりに近づくと、突如、自然発生的に鬼ごっこが始まったのだった。ちょっとマセた雰囲気の友人たちもみんなで鬼ごっこ。せっかく精一杯のオシャレをしてきたのに、気づけば全速力で鬼から逃げている。

何かに期待して出かけるが何も起こらず、最後は鬼ごっこでフィナーレ、という展開が、それから数年間にわたって夏祭りの定番になったそうだ。

「最後はいつも全速力で走り回って終わるんだよ。足の速いヤツが鬼になるのが嫌だったなぁ。急に方向転換とかしたりしてアクロバティックに逃げまくってた記憶があるよ」と語る友人の言葉から、汗を浮かべながら本気で走り回る子どもたちの姿が思い浮かぶ。

たかが地元の祭りに洒落こけた格好で繰り出してもドラマは生まれない
たかが地元の祭りに洒落こけた格好で繰り出してもドラマは生まれない

ホラーと化した真夏の水鉄砲遊び

夏の追いかけっこと言えば、自分にも記憶に残り続けている一場面がある。

小学生時代の夏休みだったと思う。公園で友人たちと水鉄砲の撃ちあいをして遊んでいた。暑い夏に水鉄砲で水をかけあうのだから、むしろ撃たれた方が気持ちいいぐらいで、「オリャ! どうだ」「ギャー、やられたー!」みたいな感じでキャッキャッとやったりやられたりを楽しんでいたのだが、ふいに友人の一人が私一人に狙いを定め、走って追いかけてきた。

追いかけられるので、私は笑いながら逃げる。向こうも引き続き追いかけてくる。つかまりたくないのであっちこっちへ逃げ続ける。友人もあきらめずに追ってくる。そうしているうちに引っ込みがつかなくなってきた。どこかでわざとつかまって「やられたー!」で済ませればいいところ、私は傍らに停めてあった自転車に飛び乗って逃げることにした。友人も自転車にまたがって追いかけてくる。割と広かったその公園内をぐるぐると自転車で逃げ続けるのだが、友人も友人でずっと追いかけてくるのだ。ついに私は公園内を出て、近くの川に沿って長く伸びる遊歩道を走り出した。友人はまだ追いかけてくる。そのうち、つかまることが本気で怖くなってくる。
なんでここまで逃げているのにあきらめないんだ、あいつは!

どれだけ頑張って自転車を漕いでも、後ろを振り返ると水鉄砲を持った友人がじわりじわりと距離をつめてくるのである。公園内での水鉄砲の撃ちあいの輪を離れて30分ぐらいは経っていたと思う。もうすでに隣町まで来てしまっているのだ。
私たちは何をしているんだろうか……。最後、力尽きた私があきらめて自転車を停めると、友人が静かに近づいてきて水鉄砲を何度も撃ってきた。私は「やめて……」と泣いた。

真夏の太陽を受けて黒い影のようになった友人が、ホラー映画の怪物のように執拗に追いかけてくる姿が、それから30数年経った今でも忘れられない。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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