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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」

夏祭りの夜は人を全力で走らせたり、恋よりとうもろこしを選ばせる奇跡が起きる

淡い恋心をも凌駕した屋台のとうもろこしの美味しさ

最後にもう一つ、大阪に住む女性から聞いた夏祭りの記憶について書いておきたい。

その友人が高校生の時のことである。当時、好きな人がいて、勇気を出して夏祭りに誘った。友人にとって、好きな人と二人でどこかへ出かけるなんて初めての経験で、すごく緊張していたそうだ。駅前で待ち合わせで、ドキドキしながらお祭りへ向かう。

屋台がいくつか並んでいて、いい匂いがしてくる。とりわけ、焼きとうもろこしの屋台から流れてくる匂いがたまらない。無性に食べたくなり、「とうもろこし買おうかな」と一つ購入して、いざ食べようとした瞬間になってようやく気付いたのだが、焼きとうもろこしを食べる姿は、決して可愛いらしいものではない。歯をむき出しにして野性味たっぷりにかぶりつく以外ないのである。

よりによってなんでデートの初っ端に焼きとうもろこしを選んでしまったのだろう、と思ったそうだが、もう食べるしかない。夢中でかぶりつき、歯という歯のすき間にとうもろこしの皮がはさまりまくったという。
「その日は相手になるべく顔を向けずに過ごした」と回想する友人に、私は「ちょっとだけ食べて、あとは相手にあげるとか、捨てちゃう手もあったんじゃないの?」と聞いた。
すると友人は「え?もったいないじゃん!」と驚いたような顔をした。

その恋がそれからどのように発展していったかは聞き忘れたが、今でも友人の記憶に残っている焼きとうもろこしは、きっととんでもなく美味しかったんだろうなと思った。

(了)

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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