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東京で「育ちの良い人」を擬態し続けて学んだこと──治安最悪の地方都市からでも〈育ちが良い〉は作れる

育ちが良くないことを理由に突然見下される

彼が私の「育ち」を知ったことで私への幻想や期待がなくなったのだろうということはすぐに分かった。嘘をついていたわけではなくとも、東京で「育ちのよい人」の擬態を続けていた私が詐欺師のように見えたのかもしれない。

そっけなくなった彼のLINEを待つストレスによってどんどん気持ちが冷めてゆき、また、若かった私にはいくらでも出会いがあったため、何らかの努力や話し合いによる修復をして関係を続けようとは思わなかった。また彼の態度の変化が私の育った環境によるものならば、労力をかけてそれらをしたとて前向きに事態が好転するとも思えなかった。

顔を合わせることなく電話で別れませんかという打診をすると、彼は一言も私を引き止めることはなく「わかった、なんだか最近タイミングが合わなかったよね」と言った。
「私の格付けをあなたが下げたから、合わせてくれるのをやめただけでしょう」と思ったが、口にはしなかった。
どうしようもないのに急に惨めな気持ちになった。

私自身がどんなに努力で品行を獲得しようと、生まれた家や家族は変えることができない。
育ちが良さそうに振る舞うことはできても育ちが良くなるわけではない。
大事に扱ってくれていた人にさえ、育ちが良くないことを理由に突然人間として見下されることがあるのだ。

彼と別れてからは、仲良くなりたいと思った人と出会ったら誤解のないよう自分の出自を早いうちに話すことにした。意識してカジュアルな服装を選んだ。本当は緊張していても、大げさなくらい人にくだけた態度で接することも覚えた。
そうすることで「所作やふるまいが良い」と「でも良いところのお嬢さんではなさそう」という印象は両立した。
出自を話した瞬間から雑な態度を取られることもあったので「育ちの良さを身につけることは得なんだなぁ」としみじみ思った。

このような出来事をきっかけに、私は人のバックボーンについて思索を巡らすことになった。

育ちの良い人の世界には「育ちの良くない人」が存在しないため、彼らの世界を知らない。逆もまた然りだ。

自分の育ちの悪さをいやというほど自覚した私だからこそ、文章にして伝えられることがあるのではないかと思い筆を取った。

おそらく「育ちが良い人は知らないこと」が広がっているだろう。

 次回連載第2回は3/5(火)公開予定です。

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かとうゆうか

1993年生まれ。マーダーミステリー作家。シナリオを担当したマーダーミステリーに「償いのベストセラー」「無秩序あるいは冒涜的な嵐」「ザ キャリーオン ショウ」などがある。共著に「本当に欲しかったものは、もう Twitter文学アンソロジー」。

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