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幼少期にポケモンを買ってもらえなかった早稲田卒アラフォー会社員の、タワマンに住んでも癒されない虚しさとは?【窓際三等兵 新刊試し読み】

発売前から話題沸騰の『本当に欲しかったものは、もう──Twitter文学アンソロジー』がついに発売されました!
窓際三等兵さんや麻布競馬場さんといった書き手が、Twitterに投稿したショートショートの中から傑作を集めた一冊です。

今回、収録されている表題作「本当に欲しかったものは、もう」を無料公開いたします!
この話は窓際三等兵さんが2022年11月に投稿後、Twitterのみならず、はてなブックマークやTogetterでも大きな反響を呼びました。
この機会にぜひお読みください。

本当に欲しかったものは、もう

「夏休み、パパが東京にミュウの配布会連れてってくれるって!」「いいな! てかポケモン青、いつ届くんだろ」。チャイムの音と共に騒がしくなる教室で、目を輝かせる友人達。小学校の話題の中心はいつもポケモンだった。僕は一人、いつも下を向いていた。ウチにはゲームボーイも、スーファミもなかった。

「ファミコンは目が悪くなるから」。僕と弟がゲームをねだるたび、母は困った顔をして、でも決して折れなかった。図鑑、世界名作全集、蟻の観察セット。サンタさんは毎年、僕のリクエストを無視して高島屋の包装に包まれた立派なプレゼントをくれた。少しも嬉しくないのに、喜んだふりをするのが辛かった。

銀行員の父が毎晩遅くまで働く中、短大卒で専業主婦の母は気負っていた。お菓子は手作りで、床にはチリ一つなく、洗濯物はいつも綺麗に畳まれていた。彼女の信じる理想の子育てとはつまり公文とスイミングとピアノのローテーションであり、ゲームボーイみたいな退廃的な娯楽が入り込む余地はなかった。

大人にとっての理想の息子は、子供の世界では異物でしかない。ポケモンの話題についていけない僕を待っていた疎外感。クロールのタイムが速くても、小学生で因数分解ができても、誰も僕に関心を持ってくれなかった。みんな、放課後は通信ケーブルを持っている田中君の家に集まり、通信対戦に夢中だった。

ドラクエもFFもクロノトリガーも、テレビで友達のプレー画面を見ているだけで我慢できた。でも、ポケモンは違った。ゲームボーイの画面は小さく、見ようとすると「近いんだけど」と邪険に扱われた。通信対戦で盛り上がる友人達のそばで一人、本棚の古いコロコロを読んでいた。涙をこらえるのに必死だった。

お小遣いを貯めて、ポケモンの攻略本を買った。隅から隅までボロボロになるまで読み込んだ。技マシンの番号と技名を全部覚えた。全ポケモンの進化パターンもそらんじた。でも、そこには僕が動かせるピカチュウもミュウツーもいない。むしろ虚しくなるだけだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

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新刊紹介

窓際三等兵

まどぎわさんとうへい
早稲田大学社会科学部卒、42歳中年男性という設定のTwitterアカウント。2021年からツリー形式の小説の投稿をはじめ、麻布競馬場とともに「Twitter文学」ブームを牽引する。作家・外山薫の父親の息子。

Twitter@nekogal21

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