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薬物に依存してしまうのは進化のミスマッチが原因? 依存症の進化心理学

生活史理論に基づく予測

現代のヒトは薬物依存症に対して脆弱であると述べましたが、現代人がみな依存症になるわけではありません。依存症になる人とならない人がいます。その差を生み出す要因は何なのでしょう? 薬物依存症の深刻なケースと考えられる違法薬物使用者の割合は、性別、年齢、経済状況について一貫したパターンを示すことが知られています。女性よりも男性に多く、年齢は若年層に多く、社会経済的地位の低い人(低学歴で貧困)に多いです。これらのタイプの人達がなぜ薬物依存症になりやすいのかについて、生活史理論に基づいた進化の観点を導入することで説明する研究が行われています(注9)。

生活史理論については、以前のコラムの中でサイコパスと関連して紹介したことがありますが(注10)、ここではより包括的なかたちで説明します。一般に依存症を含む精神疾患には大きな個人差があります。生活史理論は、こうした生物の個体差の存在を進化の観点から説明する理論として、生態学や進化生物学の領域で重視されてきました。生活史理論は、生物の生活史が自然選択による適応進化の結果として形成されてきたという前提に基づいて、生物の種間や種内の生活史戦略の多様性について理解するための枠組みです。生活史戦略とは、誕生・成長・繁殖・死など、生活史を構成するイベントのパターンやタイミングのことです。こうした生活史のイベントにおいて、どのようなパターンやタイミングが適しているのかは、生物がおかれている環境や条件によって異なるため、生物界にはさまざまな生活史戦略が存在することになります(注11)。

生物の生活史戦略の代表的な例は「性急な戦略」と「緩慢な戦略」です。この二つは、生活史戦略を成長や繁殖の観点から対比的に分類したものとして、重視されてきました(注12)。性急な戦略の生物は、成長速度が速く、親による子の世話(養育)を最小限にしながら、生み出す子の数は多く、死亡率は高く、寿命は短いという傾向があります。性急な戦略は不安定で過酷な環境におかれた生物に適していると考えられます。それとは対照的に、緩慢な戦略は、親による子の世話(養育)に大きなコスト(時間や労力の投資)を費やし、生み出す子の数は比較的少なく、死亡率は低く、寿命は長いという傾向があります。死亡率が低いため、生み出す子の数は少なくても、いずれかの個体が生き残ることの期待値は高くなります。緩慢な戦略は安定的で安全な環境におかれた生物に適していると考えられます。

魚類は一般に性急な戦略の種が多く、哺乳類は緩慢な戦略の種が多いと言えます。このように種間の生活史戦略の違いを生活史理論に基づいて説明することができます。種内の個体差についても同様で、一般に、不安定で過酷な環境におかれた個体は相対的に性急な戦略になり、安定的で安全な環境におかれた個体は相対的に緩慢な戦略になることが予測されます。

ヒトにおいて性急な戦略になることが特に強く予測されるのは、男性・若年・低学歴で貧困という条件に当てはまる人達です。性急な戦略における典型的な行動として、リスクテイク行動があります。男性は生涯の繁殖成功(子供の数)の個人差が女性より大きく、特に青年期は交配相手や集団内での地位を巡る競争が生涯で最も激しい時期です。そのため、青年期の男性は競争に勝利したときの見返りがそれだけ大きく、リスクを冒してでも競争に参加して利益を追求することの価値が高い状況と考えられます。それとは対照的に、女性は、生涯の繁殖成功(子供の数)の個人差が小さいことから、自分の命を危険にさらす状況を回避して子育てに注力することで得られるものが多く、男性よりもリスクを取らない傾向になると考えられます。

男性も年齢を重ねると、すでに集団内に地位を獲得していることが多くなるため、配偶相手を求めることよりも家族や子どもの養育に労力を振り分けるという傾向になり、リスクテイク行動は減少すると考えられます。また、男女に共通した傾向として、将来の生存の見通しがあまり立たないような、過酷で予測不可能な環境では、そもそも失うものが少ないため、リスクは高いがすぐに報酬を得られる可能性がある行動を追求することによって得るものが多くなります。

依存症の人にしばしば見られる、セルフコントロールが不得手で、たとえリスクがあっても短期的利益を追求する傾向は、そのまま性急な戦略の特徴に重なります。一般に性急な戦略の人は、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症などの各種依存症に陥りやすい傾向があることが報告されています(注13)。うえで述べたように、ヒトにおいて性急な戦略に最も当てはまるのは、男性・若年・低学歴で貧困という条件の人達です。このような人達に薬物依存症を始めとした依存症患者が実際に多いという事実は、生活史理論から得られる予測と一致しています。

進化精神医学により依存症を予防

依存症を含む精神障害の研究に進化の観点を導入したものは近年、進化精神医学あるいは進化精神病理学と呼ばれ、注目されています。精神に関する症状がなぜそのような状態にあるのかという観点からアプローチする進化精神医学では、依存症の症状を強化あるいは緩和する要因について、仮説を構築し、データに基づいた検証が行われています。

近年は特に、生活史理論の観点に基づいて、依存症の個人差の問題にアプローチする研究が盛んになっています。特に幼少時の過酷な環境が各種依存症のリスクを高めることを示す研究結果が多くあり、この現象は生活史理論における性急な戦略の現れであるとする見方が強まっています(注14)。こうした知見の蓄積によって、依存症の効果的な予防法や治療法が開発されることを期待したいです。

 連載第7回は5月11日公開予定です。

このコラムの著者である小松さん協力のもと、役者の米澤成美さんが作成したコラボ動画も公開中です!

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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