2022.10.13
防御反応としての「うつ」──「心の強制終了」が生存に役立つ理由とは?
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。
初回のテーマは「うつ」。気分が落ち込む「うつ状態」には、どういった進化上の意味があるのでしょうか…?
100人に7人がうつ病になる
「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……」
これは『新世紀エヴァンゲリオン』のなかで、主人公の碇シンジがエヴァンゲリオン初号機に乗る決断をするときに発した有名な台詞です。シンジが自身の意欲を高めるべく、自分に言い聞かせる非常に印象的なシーンです。
『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズを制作した庵野秀明氏は、2015年4月の公式サイト上のプレスリリースで、2012年にうつ状態になったことを公表しています(注1)。庵野氏は「6年間、自分の魂を削って再びエヴァを作っていた事への、当然の報いでした」と述べています。話題作を作り続けることによる重圧の大きさを感じさせるコメントです。最新作『シン・エヴァンゲリオン』では、もともと精神が安定しているとはいいがたいシンジがいくつもの衝撃的な体験を経てうつ状態となった姿と周囲の助力などによってうつ状態から回復していくプロセスが描かれています。公認心理士の大美賀直子氏は専門家の立場から「うつ病からの回復シーンはとてもよく描かれている」「庵野監督ご自身のうつ状態からの回復の経験がふんだんに生かされているのだろうな、と思いました」と述べています(注2)。
このように芸能人やスポーツ選手などの有名人がうつ状態などのメンタル不調を公表することは今日ではそれほどめずらしくありません。2021年6月には、テニスの大坂なおみ選手が自身のツイートで全仏オープンからの棄権と2018年からうつ状態を繰り返してきたことを公表し、アスリートのメンタルヘルスについて改めて注目が集まりました。「こころが強い」というイメージを持たれがちなアスリートですが、実際には現役のプロサッカー選手の38%がうつ状態や不安障害を経験しているという報告があります(注3)。
私の知人の中にも、自身のうつ病やうつ状態の経験を告白してくれた人が何人かいます。神経質な性格でいかにもストレスをため込みそうに見える人もいれば、社交的で明るい性格に思える人もいて、さまざまです。こうした個人的経験からは、誰しもがうつ病やうつ状態に陥る可能性があるのではないかという考えが頭をよぎります。ここで、実際の調査結果を見てみましょう。
厚生労働省による平成14年度の調査では、日本で一生涯にうつ病を発症する人は100人に約7人、7%という結果です(注4)。これは決して小さくない数値です。自分の周囲にうつ病経験者がいても何ら不思議ではありません。
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