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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場

【文豪と仲人】太宰治が淡い恋心を抱いた石井桃子と、仲を取り持つならはっきりしてほしい井伏鱒二のお話

太宰の悪い癖が出たなら、井伏先生、そこは止めないと!

「いっぺん桃子さんのところに、僕を連れてってくれませんか。でも、そうかといって、僕は、他意ないんだがなあ。」

ある時、太宰が井伏鱒二にこう言ったことがあったそうです。桃子さんの家に遊びに行きたいというわけである。

ちなみにですがこの頃の太宰くん、結婚したばかりでございます。しかもお相手の美知子さんを紹介したのは井伏先生であり、結婚式も井伏先生の自宅で執り行われております。いわば仲人である井伏先生に、別の女性に気があるようなことをほのめかすという……。
ほんと太宰君そういうとこだぞ! 「他意ないんだがなあ」じゃないよ!
井伏鱒二によるとその時の太宰は「ちょっと、ずるそうに笑いを浮かべていた」そうで、井伏先生もさぞかし困惑したことでしょう。行きたければ勝手に行けばいいと思いつつ、桃子さんには太宰の素振りについては黙っていたそうな。

しかし桃子さんの『太宰さん』と題したエッセイによると、井伏鱒二と太宰が桃子さんの家に遊びに来たことがあるという。
ふらっと桃子さんの家にやってきた二人でしたが、先客がいたためベランダに陣取り、部屋に入ってこようとしません。
「その時のこの二組は、両方とも、相手にあわせてむつみあおうとしない人たちで、社交的でない私は、あちこち話しかけるのにまごついた」と困ってしまう桃子さん。どう声をかけても中に入ろうとしない二人。太宰はそこにあった籐の椅子に腰かけるのですが、その椅子は雨ざらしでボロボロだった上に、時々桃子さんの家にやってくる野良犬専用の椅子で毛だらけだったため、更に桃子さんを困惑させます。
そんな中、井伏先生が一言「石井さん、ベルモット」と言う。戦時中でアルコール類が手に入りにくい時代でした。桃子さんが以前にベルモットという洋酒を手に入れたと言っていたことを井伏先生は覚えていたのです。結局お酒が飲みたかったんですね、井伏先生! お酒飲みたさに太宰君を桃子さんの家に連れていってしまうの、仲人としてどうかと思うんですが!

さらには太宰は井伏鱒二に「僕は恋愛してもいいですか」と言ったといいます。お相手はもちろん桃子さんのことです。太宰の悪い癖が始まりました。いいわけないですよね? 止めますよね井伏先生。
「そんなことは君の判断次第じゃないか」と答える井伏鱒二。なんでですか、井伏先生! そこは絶対に止めなきゃいけないところでしょ!

師として、友として終始、温かな目で太宰を見守っていた井伏鱒二(写真提供/ふくやま文学館)
師として、友として終始、温かな目で太宰を見守っていた井伏鱒二(写真提供/ふくやま文学館)

しかし1945年、戦争激化にともなって太宰は疎開を余儀なくされ、桃子さんも宮城に転居することとなり、二人は会えなくなってしまいます。そして1948年、桃子さんは太宰が情死した報せを宮城で聞くことになります。報せを聞いた桃子さんはショックを受けつつも、真っ先に井伏先生のことを心配したといいます。それは心身の安定しない太宰をいつも支えてきたのが井伏鱒二だったと知っていたからなのでしょう。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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