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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場
「文豪」というと皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
いつも気難しそうな顔をしてて、メガネかけてヒゲなんか生やしてて、伊豆あたりの温泉旅館の一室で吸い殻山盛りの灰皿を脇目に、難しい小説なんか書いてる…。そんなイメージを持たれがちな彼らですが、実は現代人とたいして変わらないような、実に人間臭い面もたくさんあるのです。

今回は、生涯就職せずに周囲にカネをたかる中原中也と、仕送りを続けた母・フクという並大抵ではない母子を紹介します。

【文豪と母】「僕は本当は孝行者だったんです」就職せずカネをたかり続けた中原中也と、彼を支えた母・フクのお話

中原中也(なかはら・ちゅうや)
1907年4月29日 – 1937年10月22日
詩人。山口県出身。東京外国語学校専修科卒業。代々開業医である名家の長男として生まれる。中学在学中に刊行した歌集『末黒野(すぐろの)』で詩才を示した。ランボーやベルレーヌに傾倒し、象徴的手法で独自の世界を築いたが30歳の若さで他界する。詩集「山羊の歌」「在りし日の歌」など。

「神童」から「落ちこぼれ」へ

「中也は生まれる前から、もてはやされて、生まれてきた子供です」

中原中也の母、中原フクは語ります。中原中也は明治40年4月29日山口県吉敷群に、中原医院の医者、謙介・フク夫妻の長男として生まれました。中原家で実子が生まれたのは実に40数年ぶりということもあって、一家は大いに喜び、そのお祝いは三日三晩と続いたといわれています。中也の祖父・政熊は中也を「奇跡の子」と呼んだと語られていますが、実際にはそういった事実はなかったようです。のちに中也自身が友人にその作り話をしたのだろう、とフクはいいます。しかし、そんな話がまことしやかに語られるほど、中也の誕生は中原家にとっておめでたい事だったのです。

「中也は中学校ころまでは、なにをいうてもあまりさからわん子どもだったんです。それで、私のいったとおりに、勉強でもなんでもよくやってくれよりました」

フクがそう振り返る通り、小学校に通っていた頃の中也の成績は全科目甲、クラスでは常に首席か次席で教師からも神童と呼ばれるほどでした。しかし中学に進学するあたりから中也の成績は下がり始めてしまいます。詩作に没頭するようになったのです。勉強は疎かとなり学校での成績は80番まで下がってしまいました。しかし中也はそんなことはお構いなしと言わんばかりで、若山牧水や石川啄木を読み耽り、更には両親の心配をよそに文学者になりたいと言い出します。「お母さんは、作家とか詩人とか、ああいうものは大きらいよ。ああいうものじゃあ、なかなかご飯が食べていかれんから」とフクは言い、父・謙介も「ああいうことに熱心になったらどうもならん。いつまでたっても、なんの役にもたたん。嫁を貰うにもきてがおらん。絶対そんなもんにはさせん」と大反対です。文学者というものにまだまだ理解のない時代でした。

18歳頃の中原中也。(画像提供/中原中也記念館)
18歳頃の中原中也。(画像提供/中原中也記念館)

「お母さん、ぼくは勉強せんけど、落第だけはせんから安心してらっしゃい」とフクに言う中也でしたが、結局、山口中学三年を落第してしまいます。そのことをフクが責めると、中也は一言「もうしようがないことですよ」と言うばかり。中也は落第した件について「むしろ落第をきつかけに、他郷の学校へ転校致すべくわざわざ答案を粗略に致しましたわけでございます」と後年書いています。父親から「常に成績で一番を取れ」と小学生の頃から言われ続けた「蟻地獄のような」生活から抜け出したかったのだと。そして、落第した中也は勉強部屋に友人を招き、答案用紙を破いて「万歳!」と叫んでみせたのでした。

落第した中也は「もう学校にはいかん」と言います。「ひと月読んだらわかる教科書を一年もかけて教える、そんな馬鹿らしい勉強はせん」と言うのです。しかし、そんなことは父・謙介が許しません。謙介は煙管で中也の身体を打ち、3月の厳寒の夜に納屋に監禁しました。それでも学校には行かないと言い張る中也。謙介はなによりも世間体を重んじる男でした。地元の名家である中原家にとって、落第し学校へも行かないという中也を家に置いておくわけにはいきません。謙介は中也をなかば追いやるように京都の中学に編入させることにしたのです。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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