よみタイ

ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場

【文豪と激愛】生き急ぐように書き、早逝した妻を心底愛し抜いた男~駆け落ち相手の遺髪と写真を生涯抱きしめていた織田作之助

試練を乗り越えたふたりはたいそう慈しみあって暮らしたけれど……

人気のない夜更けに集まったオダサクと仲間たち。どこからか調達してきたハシゴをハイデルベルグの壁に立てかけると一枝に合図を送り、まずは身の廻りの物をつめこんだ荷物を窓から紐で吊して地面へ降ろします。音をたてず静かに実行しなければなりません。一階には徳永夫婦が住んでいるのだ。次に一枝自身が梯子をつたって降りるのを手伝う。

見事、計画は大成功!
なんとドラマチックな逃走劇!(徳永さんへの借金はどうなったの?なんて野暮なことは言ってはいけません)

オダサクと一枝はその日から同棲を始め、その後結婚することになるのですが、その幸せは永くは続きませんでした。当時のオダサクは朝から晩まで原稿を書き、奥さんの一枝はその横にじっと座り、お茶が欲しいと言われればすぐに用意し、漢字を調べて欲しいと言われれば漢字辞典を引く。オダサクが眠っている間も食事の準備や家事に追われ、原稿を取りに来る編集者など来客も多いので日ごろから身だしなみを整えて……と眠る暇もなかったのです。

無理がたたったのでしょう。一枝は31歳の若さで病死してしまうのです。
オダサクは「一枝を殺したのは自分だ」と嘆きます。涙が枯れ果てるまで泣き伏したオダサクは食事も喉を通らず痩せ細り、一枝のあとを追おうとしたのか、本気で遺書を書いたといいます。

織田作之助と宮田一枝。作之助は一枝が亡くなった3年後に結核により亡くなる(写真提供/織田禎子)
織田作之助と宮田一枝。作之助は一枝が亡くなった3年後に結核により亡くなる(写真提供/織田禎子)

オダサクはその後、別の女性と再婚することになりますが、一枝のことは生涯忘れることはなく、最期まで一枝の遺髪と写真を持ち歩いていたのでした。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

週間ランキング 今読まれているホットな記事