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「何者かになりたい」という願望をどう捨てる? 映画『ちひろさん』に似た風俗嬢と、ゴールデン街で4年ぶりの対話

新進気鋭の風俗ライターとして、タモリ倶楽部にも出演した山下素童さん。その類まれな観察眼と描写力から生まれる文章の熱狂的なファンは多いです。
そんな山下さんの初連載の舞台は、いま新しいお店・若いお客さんが増えているという「新宿ゴールデン街」。

前回は、マチュカバーの店主・麻知子さんにインタビューをしました。
今回は、山下さんが数年ぶりに再会した風俗嬢とゴールデン街で呑んだエピソードです。

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5文字だけのTwitterのDM

「こんばんは」

5文字だけのTwitterのDMが届いたのは19時47分で、そのDMに気がついたのは23時半だった。気づくのが遅くなったのは、睡眠サイクルが狂っていて23時過ぎに起床したからだった。

DMの送り主は、4年前に何度かお酒を飲んだことのある彩さんという女性だった。僕の4つ年下の人で、出会った当時、僕は26歳で、彼女は22歳だった。彼女は、新宿のデリバリーヘルスで働いていた。

出会いのきっかけはTwitterだった。Twitterのタイムラインを眺めていたら、風俗嬢としての経験を面白おかしく呟いている裏アカウントのツイートが流れてきた。そのアカウントを覗いてみたら、固定ツイートのところに、自作の私小説の販売リンクがあった。こんなに面白おかしくツイートをしている人がどんな小説を書くのかと気になって、DMを送った。

「はじめまして。郵送で本を購入したいと思っているのですが、まだ在庫ありますか?」
「ありがとうございます! 実は、前から山下さんのブログや本を読んでおりまして、お店のキャストとしてのアカウントで相互フォローなんですよ」

届いた返信は意外なものだった。お店のキャストとしてのアカウントを聞いてみたら、新宿の、素人っぽい女性がコンセプトのデリヘルで働いてる人だということがわかった。その店のオーナーの女性と、僕は知り合いだった。性風俗業界の人が集まる交流会のような飲み会で知り合っていた。

4年前といえば、まだコロナが流行る前で、他のあらゆる産業でリアルイベントが流行っていたように、性風俗業界でも風俗嬢と実際に会えるリアルイベントというものが流行っていた。とあるイベントでその店のオーナーの女性と会ったとき「自作で本を出してる彩さんって子がいますよね? この前DMでやりとりしたんですけど、今度一緒に飲みましょうよ」とお願いして、飲み会のセッティングをしてもらった。

とある平日の日。デリヘルの営業終わりの0時から、新宿の海鮮系の居酒屋で3人で飲むことになった。その日出勤だった彩さんは一日の精算を終えてから来るとのことで、先にオーナーの女性だけやって来た。

「彩ちゃんね、うちのお店に入ってくるために20キロもダイエットして面接を受けに来てくれたんだよ。うちの店は気持ちも真っすぐな子を採用したいから、この子はうちの店のコンセプトに合うと思って、採用したんだよね。そしたらすぐにランキング2位まで上がって」
「へぇ~、そうなんですね」
「そうそう。そういえば今日、彩ちゃん誕生日なの」

彩さんが来る前に、オーナーの女性が教えてくれた。それからすぐに彩さんがやってきた。

「誕生日おめでとう~!」

拍手をしながら出迎えた。初対面の人の急な誕生日祝いというのは、すごく気楽だった。相手がどんな人で、何が好みで、どんなプレゼントを渡したら喜ぶか、そういったことを何ひとつ考える必要がなく、そのぶん自分の中になんの見返りも求める気持ちも起こらないから、祝いのためだけの純然たるお祝いの言葉を投げかけることができた。

「こんなにちゃんと誕生日を祝われたことないです」

こちらの気軽さとは裏腹に、彩さんは両手で顔を覆っていきなり号泣しはじめた。出会ってから、ほんの3秒のことだった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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