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「何者かになりたい」という願望をどう捨てる? 映画『ちひろさん』に似た風俗嬢と、ゴールデン街で4年ぶりの対話

『ちひろさん』を思い出す

「今日は来てくれて本当にありがとうございます。ゴールデン街って来たことないんですけど、山下さんの連載を読んで来たいなと思って。人見知りなんで行ったことないところに行くのって苦手なんですけど、知り合いの人がいたら行けるので、こうして来ることができてありがたいです」

と言ってくれたが、よくわからなかった。僕が来なくても19時から1時過ぎまで1人で飲めていたわけだし、初対面のアフガニスタン人の男の人と飲みに行っていたわけだし。外面だけ見ていると、とても人見知りには思えない動きだった。

「最近はどうやって生きてるの?」
「新宿のぽっちゃり系のデリヘルで働いてます」
「たぶん、人気なんだよね」
「そうですね、一応ランカーにはならせてもらってます」
「人のこと好きな感じ伝わるもんね」
「まぁ、なんというか、素人ぶるのが得意というか。素人ぶっちゃうんですよね。え~、こんなの初めて~!とか。そういうこと言うのは得意かもしれません。あと、自分に合ったお店を見つけるのも得意かもしれません」
「ね。最近までどっか地方に住んでたんだっけ?」

お客さんと結婚して、どっかに移り住んだということを思い出したから聞いてみると、

「そうなんですよね。結局、結婚も上手くいかなくて、最近こっちに戻ってきたんです。結婚する前は上手くいくって自信があったんですけどね」

そんな風にしばらく近況報告を聞いていると、カウンターにいたお客さんがひとり、またひとりと帰ってゆき、店内が僕と彩さんと久保くんの3人だけになった。閉店時間の3時も迫っていた。閉店時間を過ぎると、その時の客の人数とか、その時の話の盛り上がり具合とか、店番の人の疲れ具合とか、そういうことによって帰らされる時間は変わってくる。もっとたくさん客がいれば残りやすいが、自分たちしかいなくなってしまったので早めに帰った方が良いかと思った。彩さんはゴールデン街も初めてでそういう空気感はわからないかと思ったから、そろそろ他の店に移動しようかと僕から提案しようかと考えていると、

「すいません、もう遅い時間ですよね。まだ飲んでても大丈夫ですか? お兄さんもよかったら飲んでください。山下さんもよかったら、もう一杯飲んでください」

彩さんが何かを察したように久保くんに向かって言った。

「えぇっ、いいのぉ~?」

今まで黙って接客をしてくれていた久保くんが言うと、

「いえいえ、こんな遅い時間まですみません。ここで一番高いお酒はなんですか? お2人とも、よかったらそれを飲んでください」

彩さんが言った。

「えぇ~、いちばんたかいおさけって、いっぱい5500えんくらいするけど、ほんとにだいじょうぶ~?」

久保くんが客席の後ろにある棚の上の方から、長方形の深い茶色をした箱を取り出した。響21年のウイスキーの箱だった。1年近くHaloに通っているけど、そんなところにお酒が置いてあるだなんて知らなかった。なんなら、客席の後ろの上の方に棚があることにすら気づいていなかった。

「全然大丈夫です。私、人と一緒にいられる時間ってすごく貴重なもので、時間を頂いてると思ってるので、皆さんに楽しんでほしいんです。だから、よかったら飲んでください。あっ、私は水を一杯いただけますか?」

彩さんはカウンターでお酒を飲んでいるお客さんなのに、他人のことばかり考えてまるで接客をしているみたいだった。アフガニスタン人の男の人にもテキーラを振舞っていたようだし、行きたいお店が見つからなくて道で困ってる中年の男の人の面倒も見ていたし、この日の彩さんの姿を見ていたら、最近Netflixで観た『ちひろさん』という映画のことを思い出した。

『ちひろさん』は、「のこのこ弁当」というお弁当屋さんで働く元風俗嬢のちひろさんという女性が主人公の映画だ。風俗で働いた過去を隠しもしないで弁当屋で働き、街の人から人気を集めていたちひろさんは、ホームレスの男性を自宅に連れて帰りお風呂で洗体をしてあげたり、公園で自分の腕にコンパスを刺してきた小学生にお弁当を与えたり、過保護な親との張りつめた空気の中でご飯を食べても美味しいと思えない女子高生と一緒におにぎりを食べたりする。

ちひろさんが元風俗嬢ということが街の人の周知の事実となっていることや、ケアの役割を引き受けすぎる感じが非現実的で、あまりにも男性に都合のよい存在になっていることが気持ち悪いと一部では炎上していたが、そんなちひろさんのことを、『或る娼婦の顛末』というアカウント名の風俗嬢の方が、noteでこんな評し方をしていた。

脱いでこそいないがちひろさんはずっと春を売っている、どう振舞ったら喜ばれ、どんな発言が求められているのか、考えながら喋ったり行動したりしている。私にはどうもそう見える。

(中略)

でも風俗業界にはこういう女の子が意外と結構存在するから正直分かる部分もかなりある。他人を助けることで自分の傷を癒せる種類の人間がなぜか多く集まる、お節介や世話焼きが多い。私の知ってる風俗業界ってそんな印象だ。

「フーゾク嬢が「ちひろさん」見てみた。」より引用

この方の言葉を借りるならば、酒の場で会った彩さんも、ちひろさんのように脱いでこそいないがずっと春を売っているような人だな、と思った。

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山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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