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陰キャが勝ち取った幸運?「人見知り克服養成所」店番の米澤成美さん監督作品『ちくび神』を見に大阪へ…

新進気鋭の風俗ライターとして、タモリ倶楽部にも出演した山下素童さん。その類まれな観察眼と描写力から生まれる文章の熱狂的なファンは多いです。
そんな山下さんの初のエッセイ連載の舞台は、いま新しいお店・若いお客さんが増えているという「新宿ゴールデン街」。山下さんはそこで、どんな人と出会ったのでしょうか?

前回・第一回は、初対面で「抱いていい?」と言ってくれた美女とのほろ苦いデートのお話でした。
今回は、「人見知り克服養成所」での些細なきっかけで仲良くなった、役者・映画監督の米澤成美さんとのエピソードです。

※この記事には映画『ちくび神』の重要なネタバレが含まれます。監督である米澤さんに許可をいただき掲載しております。

人見知り克服養成所

その日は一人でゴールデン街を彷徨っていた。一階の路面店を外から覗き込んでは、自分が入っても大丈夫な店だろうか、と不安になって通り過ぎることを繰り返した。数日前の失敗が、元来の不安症な性格に拍車をかけていた。

たまたま友人5人が新宿で集まり、ゴールデン街で飲もうということになった日があった。特にゴールデン街のことを詳しく知るわけでもない5人だった。

「オーナーが知り合いのお店がある」

その中の一人がいうので、そのお店に案内してもらった。ドアを開けると、店番に立っていたのはオーナーではなく若い女性だった。オーナーが知り合いであるということを友人が話すと、少し渋りながらも5人を受け入れてくれた。しかし、その店で1時間ほど飲んだところで、

「すいません、そろそろお会計してもらってよいですか。ゴールデン街って、そういう風に5人で飲むような街じゃないんで」

と、追い出されてしまい、始発まで花園神社で立ちながらコンビニのお酒を飲むことになってしまった。

後日、Twitterで「ゴールデン街 大人数」と検索をしてみると、ゴールデン街で店を持つ人が「1〜2人で来て頂いてる方が多いので、大人数でのご来店はお控えください」「ゴールデン街は4名以上の一見さんお断りの場所が多数あります。店番の人とお客さんが混ざって会話をする場所なので、大人数の方だけで盛り上がってしまうと店の雰囲気が変わってしまうからです」というように、警鐘を鳴らしているツイートをいくつか見つけることができた。

席が5~8つほどしかない狭い店の多いゴールデン街においては、店の空気を損なわないようにするということが、暗黙のマナーであるということがわかった。それ以来、路地から店の中を覗きこむと、ここにはこの店の空気があり、自分がお店に入ることによってそれを壊してしまうことがないだろうか、と不安を覚えるようになった。そんな不安を抱えながらゴールデン街を唯一南北に貫くまねき通りを歩いていると、

人見知りの
人見知りによる
人見知りのための
人見知り克服養成所

という文字が視界に飛び込んできた。赤い背景色に黄色抜きの文字で書かれた4枚の張り紙が、開きっぱなしのドアに縦一列に貼られていた。ガラス張りのドアの真ん中には「人見知りがすべき十の事」という掟が書かれた白いプリント用紙が貼ってあった。

其の一 勇気出して初対面の人に注文を頼んでもらえ!
其の二 酒が来たら迷わず初対面と乾杯しろ!
其の三 会話の糸口は、たわいもない質問から!
其の四 相手の話への相槌は過剰に打て!
其の五 相手の良い所をみつけ過剰に褒めろ!
其の六 相手の話を否定するな!
其の七 自慢話ではなく自虐話で可愛がられろ!
其の八 つまらなくとも高らかに笑え!
其の九 自虐話でもポジティヴに話せ!

「十の事」と銘打っているのに其の十がないと思って用紙の下に小さく書かれた文字を読むと、「其の十がないって? 気づいたら隣の人と考えろ!」と書かれていた。

過剰なメッセージ性に少し暑苦しさを覚えたが、このお店なら入れるだろうか、と思って店の中を覗いてみた。店の中央に置かれた腰の高さほどのブラウン色のテーブルを囲んで、3人の人が立っているのが見えた。同じくらいの背格好の若い男性2人組と、左右の触覚を残すように黒髪を後ろに束ねた、背が低く、顔の小さな若い女性だった。その女性がテーブルの一番奥、すぐ後ろにお酒がたくさん積まれたカウンターがあり、入り口に対して正面を向いている位置に立っていたから、おそらくその女性が店番の人なのだろうと思った。店番の女性は目が大きく、外からでもよく表情が見えた。両肘をテーブルの上に置いて頬杖をつきながら、邪気の無い笑顔を浮かべていた。店内のお客さんの方を特に注視するわけでもなく、誰が入ってくるのかドアの外に視線を送るわけでもなく、どこかぼんやり宙を観ながら笑っているのがよかった。その店の空気は、店の中にいる人の視線に宿る。どこか宙を眺めているその女性の目を見ると、そこまで店の空気というものを気にしていないように見えた。人見知り歓迎のこの店で、この店番の人なら自分が空気を壊してしまう心配もなさそうだと思い、その店に入ることにした。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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