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ついに推しの卒業式当日──しかし柴田勝家は別のメイドカフェで……

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。

前回、柴田さんの推す気持ちが「愛」から「政治」に変わった過程が語られました。
今回から、いよいよ「推し」の卒業式。連載もクライマックスへ向かいます。
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

嘆きと安堵

 平成30年(2018年)の秋、ついに戦国メイド喫茶でのワシの推しである織田きょうちゃんが卒業することになった。一部では嘆きと悲しみ、もう一部では安堵の息が漏れる告知となった。それほどに織田きょうの名は大きくなっていたのである。

 かくいうワシは彼女が卒業するという発表を冷静に受け止めていた。

 この日に至るまで、幾度となくすれ違いがあった。しまいには卒業式直前で大喧嘩をし、すっかり心も離れて疎遠になってしまった。あと数週間、いや数日でも我慢すればキレイに終われただろうが、そんな結末は訪れなかったのだ。ゴールテープを切る寸前の転倒だ。どんなものでも終わりが見えた時が一番怖い。

「せめて、送り出してやりたくはあるが……」

 しかし腰が重い。今日まで一緒に戦ってきた織田軍も既にない。なおやてん、猫さん、つばささん、ルシファー、のぶにゃん、ヨシ君……。それぞれ別の場所で元気にやっているが、もう連絡を密に取り合って卒業イベントを盛り上げようという気運はなかった。

「挨拶くらいはしないとな」

 そう思い立ったワシは久々に戦国メイド喫茶に行くこととした。ぶっちゃけ卒業式に行きたくなかったので、ここで一言くらい別れの挨拶を済ませて終わらせたかったのだ。

 その日も戦国メイド喫茶は混んでいて、多くのお客さんが楽しそうに過ごしていたし、メイドさんたちも忙しそうだ。そうした中にあって、勝手に上がったワシの武名も未だに健在らしく、こちらに声をかけてくれる人が多くいた。

「きょうちゃん、卒業ですね……」

「勝家さん、元気出してくださいね!」

 元気がない理由は別のところにあるのだが、今日まで織田軍の内部がボロボロなのは知られていなかった。これも戦国で生きるために必要な情報戦である。

「あ、勝家さん……」

「やぁ、きょうちゃん。久しぶり」

 やがて店内でワシときょうちゃんが出会う。お互い昔のように笑顔を向けることもできない。ぎこちない距離感と空虚な会話が続く。やがて時間が来て、ワシも退店する時となった。

「それじゃあ、きょうちゃん。ありがとう、楽しかったよ」

 これまでの感謝を込めた別れの言葉だ。何気ない挨拶に混ぜたつもりだったが、それを聞いたきょうちゃんの表情がこわばる。

「もしかして、卒業式、来てくれないの……?」

 ワシは何も答えられない。無言のままに背を向け、時空転送装置(エレベーター)に乗り込んだ。

「戦場へご出陣です……、ご武運を」

 聞き慣れた戦国メイド喫茶の挨拶だ。しかし、これを聞くのも最後だろう。そう思って振り返れば、そこに無理に笑顔を作る推しの姿があった。

 今見た笑顔が、最後の笑顔かもしれない、だ。

記事が続きます

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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