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〝愛してる〟は使わない? 柴田勝家に訪れた寂しい時間

誰もが笑顔でいた。でも……

 月日は流れて11月、いよいよ真田かおりこちゃんの卒業式の日となった。

 この日が来るまで、真田軍(withワシ)は様々な準備を続けてきた。神さんがスタンドフラワーを注文し、まーちゃんはワシと一緒に花屋で花束を予約し、つばささんは寄せ書きを作ることとなった。この時期は店が盛り上がっていた時代なので、常連主導のイベント進行においても技術的革新が訪れており、寄せ書きも色紙一枚からメッセージカードを集めてアルバムに入れる方式となり、さらにチェキを添えておくという手間暇のかかった一品となっている。

 で、ワシは何していたかというと、秋葉原や新宿にある別のメイド喫茶を巡っていた。別に現実逃避していた訳ではない。それらの店には、かつて戦国メイド喫茶で働いていたメイドさんがおり、いずれも真田かおりこちゃんの先輩や同期だった人たちだ。彼女たちからメッセージ入りのチェキを貰い、卒業式でかおりこちゃんに渡せば喜んでくれるだろうという魂胆だ。別に遊んでいた訳ではない。少しは遊んでいたけど。

「さて、やることはやったかな」

 などと始まった卒業式当日。ワシはまーちゃんと合流してから戦国メイド喫茶のあるビルへ行き、先に来ていたつばささんと神さんと一緒にオープン前から待機していた。

「なんだか実感ないですね、今日で卒業なんて」

 さらっと言うつばささんの言葉にワシらは頷く。

 実際、イベントが始まっても普段の周年イベントのようにすら思えた。かおりこちゃんは主役だというのに、どんどん自分で注文を取り、率先して働こうとしていて、それを周囲のメイドさんが押し留める一幕などもあった。

 卒業式が始まってからは楽しいという気持ちばかりがあって、ワシは真田軍の人たちと近くに座ってずっと笑っていた覚えがある。今日で最後だというのに、かおりこちゃんと気の利いた会話などもしなかった。

 他の客席にも多くの常連さんたちがおり、どこへ行っても馬鹿笑いがこだまする。働くメイドさんたちの数も多く、在籍メイドのほとんどが出勤していたし、その誰もが笑顔でいた。さらに見れば、奥の座敷に私服姿の女性たちがいる。彼女たちは既に卒業したメイドさんたちで、真田かおりこちゃんを見送るために久々に秋葉原に来たような人たちも多くいた。

「やっぱり、りこちゃんは人徳があるな。みんな集まってくれた」

 真田軍ではなかったワシでさえ、これほど盛況な卒業式を見て胸を熱くしたものだ。ずっと彼女を推してきた人たちにとっては、どれほどの感動だろうか。

 そう思い至った時が、ちょうどラストライブの終わった瞬間だった。集合写真も撮り終え、宴もたけなわ、お開きといった空気になった。

 ワシは不意に寂しくなり、最後に一枚、追加でかおりこちゃんとチェキを撮ることにした。まーちゃんと一緒に選んだ花束を抱え、穏やかに笑う彼女がいる。チェキを撮るために二人で台座に腰掛ける。すぐそばまで近寄って、ようやくワシはかおりこちゃんが薄っすらと泣いていることに気づいた。

(ああ、もっと早く出会っていたかったな)

 そんなことを思ってしまった。

「りこちゃん、最後まで〝推し〟って言えなくて申し訳ない」

 チェキのシャッターが押される直前、ボソッと呟いた。最後に謝るくらいなら胸にしまっとけ、というような感情である。きっとワシは真田かおりこちゃんの方を〝好き〟になっていたのだろう。でも、だからといって推し変することをワシは良しとできなかったのだ。

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ、かっちゃん」

 隣に並ぶかおりこちゃんが、涙を拭って笑顔を作った。

「きょうちゃんのこと、よろしくね。朝倉軍で支えてあげて」

 頭の下がる思いである。彼女は最後の最後まで、後輩とお店全体のことを考えてくれていた。

 やがてチェキも撮り終え、楽しかった卒業式も幕を下ろした。喪失感が溢れ、ワシは人知れず泣いた。いや、人も知っていたと思う。でもいいじゃないか、他の常連さんたちも泣いていたのだから。

 ワシが辛かった時を支えてくれて、また一番楽しかった時期に一緒にいてくれたメイドさんが卒業したのである。

 次回連載第19回は8/11(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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