2022.4.14
柴田勝家が「FF10」のティーダの気持ちで迎える〝推し〟の卒業
推しの卒業が、決まった
後日、文芸部の部室で暇を持て余しているととんとんが血相を変えてやってきた。
「勝家さん! 店のTwitter見ました?」
「え、戦国メイド喫茶の? 見てねぇな」
「見てください!」
言われるがままスマホでTwitterを開いてみれば、戦国メイド喫茶のアカウントに「前田きゃりんちゃんが卒業することになりました」という文言があった。続いて、きゃりんちゃん本人のアカウントでも「卒業します。近い内に卒業イベントの日程も出るよ!」といった言葉があった。
「マジか」
推しの卒業が、決まったのである。
「ついに来たのか」
平静を装っていたが、心臓が飛び出るほどの驚きがあった。大袈裟かもしれないが、推しが卒業するということに現実感がなかった。全てが夢なのではないかと思うほどだった。一方で、どこか覚悟していたことでもある。
「いつまでも、いると思うな、親と推し」
これは秋葉原標語の一つだ。
推しというのは、自分から積極的に会いに行く存在だから、あるいは家族や友人よりも一緒に過ごす時間が(短期的に見れば)多くなる。その分、いつでも会える相手だと誤解してしまい、それが失われることを想像できなくなる。
「永遠はない、か」
そんな呟きに対し、とんとんも深く頷いていた。
「ワシらにできることは、会いに行くことだけだ」
きゃりんちゃんの卒業を知った直後、ワシは早々に戦国メイド喫茶に向かっていた。そして店につくなり、卒業発表をした当人に声をかける。
「きゃりんちゃん!」
「あははー、ごめんね、言うの遅くなっちゃって」
「いや、それは……」
あの日、漠然と感じていた、何か話し足りないという感覚は正しかった。本当に最後かもしれなかったのだ。今さらになって、ティーダの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「私は卒業しちゃうけど、翔ちゃんはこれからもお店に来てくれる?」
正直に言って、今までと同じように通えるかどうか不安だった。推しのいない空間で、自分がどれだけ楽しめるか自信がなかった。
そんな時、自分のテーブルに置かれていた手形が目に入った。水色のカード、身分は未だに侍大将。ここで立ち止まっては、秋葉原を去っていった魂たちに顔向けできない。ワシは一人残ってでも、きゃりんちゃんが愛してくれた戦国メイド喫茶を見守っていこう。この辺りは、FF10で言えばアーロンの気分である。意味が伝わらない場合はネタバレになるのでプレイして確かめてくれ。
「それじゃ、翔ちゃん。卒業までよろしくね!」
いずれ去ると決めてもなお、彼女の笑顔はいつも通りだった。
本当の異界送り?
後日、ワシはとんとんと一緒にきゃりんちゃんのTwitterを眺めていた。
卒業するとなったら、このアカウントも消えてしまう。そうなれば、何気なく見ていた彼女の写真も消えてしまうので、急いで保存しようと思い立ったのだ。
「これ可愛いなぁ」
過去にさかのぼって写真を見ていけば、ワシが出会う前のきゃりんちゃんの姿も多くある。店の制服での写真はもとより、私服姿のものも多くある。カフェで笑顔を向ける姿や、メイドさんたちでディズニーへ遊びに行った姿、水族館や公園での姿があり、見ているだけでデート気分になれる優れもの。やはり写真は残した方が良い。
さらに、きゃりんちゃんが様々なイベントで着ていたコスプレの写真もあった。チャイナ服やチアガール、巫女さんといったスタンダードなものから、アニメキャラの衣装を着たものもあり、見たこともないものがあって新鮮だった。
そんな時だ。
「ア゛ッ!!」
一緒に写真を見ていたとんとんが異様な声を発した。
「なんだ急に、どうした?」
「勝家さん、これ……」
とんとんがスマホできゃりんちゃんの写真を見せてくる。何かのイベントで着ていたコスプレというコメントがついていた。
「ア゛ッ!!」
思わずワシも声をあげる。その写真の中で、きゃりんちゃんはFF10のユウナのコスプレをしていたのだ。特に話す機会はなかったが、FF10は彼女の好きなゲームだったらしい。
「もしかしてワシら、本当に異界送りされんの……?」
ワシにとって、最初の推し。そんな彼女の卒業が迫っていた。
(つづく)
連載第12回は4/28(木)公開予定です。