よみタイ

柴田勝家、はじめて〈推し〉ができるの巻

ワシのことを柴田勝家として扱わない人

 時は巡って3月10日、ワシは戦国メイド喫茶が入っている雑居ビルの前で迷っていた。

 前田きゃりんちゃんがお給仕に入っている日で、アウト×デラックスが放映された直後でもある。つまり、あのワシの受け答えも見ているはずである。

 そもそも、あの時は一瞬で答えたように見えるが、実際は頭の中で様々なことを考え続けていた。本当に答えてしまっていいのか。色に惑い、柴田勝家であることをやめていいのか。前田きゃりんちゃんも見るだろうし、気まずいことにならないだろうか、とか。

 ただ逆に、当のきゃりんちゃんもメイドさんとして逡巡しつつも、テレビのオチのためにワシをフッてくれたことを思い出した。ならばワシも逃げずに答えるべきだ、などと思った。思っていたはず。思ってたんじゃないかな。

「ええい、ままよ!」

 意を決して戦国メイド喫茶に入店すると、きゃりんちゃんはカウンター側で働いていた。

「あ、勝家さんだー」

 笑顔で出迎えてくれる彼女に安堵しつつ、よく話せるように奥まったカウンター席へ。その日はホワイトデーイベントで、特製ホットココアを頼むと「推しへのメッセージカード」が貰えるらしかった。

「アウト×デラックス見たよ! 勝家さん、凄い人だったんだね」

「いやぁ、ははぁ」

 ワシの視線が泳いでいるのは、いつ怒られるかわからないから。

「ひとまず注文で、特製ホットココアで」

「はーい。これね、推しへのメッセージカードついてるから。好きな人に渡してあげてねー」

 むむ、と思った。ごく普通にペンとカードを渡してくるが、ワシの推しはきゃりんちゃんのはずである。もしかして、さらっと怒ってるのか……?

「いや、あの……、放送で変なこと言って申し訳ない」

「あはは、いいよいいよ! 私もタイプじゃないとか言っちゃったし」

「構わんさ! 笑いが取れたしな!」

 和やかである。

「でもごめんねぇ。だって勝家さん、テレビ用で無理して推しって言ってくれたんでしょ?」

 不穏になった。

「いやいや、そんなことはない。本心だとも」

「またまたぁ」

 きゃりんちゃん、頑として譲らない。もしかして、あの日に伝えたことも、ワシがテレビで語っていたことも、全部フィクションだと思われているのか。それは困る。

「マジだって!」

「大丈夫だよ、そんな気を使わないで~」

 ふむ、とワシはその場でペンを走らせる。手元にあったメッセージカードに前田きゃりんの名前と、心から推しであるということを書いて手渡した。

「これで、信じてくれるか」

 カードを受け取ったきゃりんちゃんは、最初はきょとんとしていたが、少ししてワシの言い分が嘘じゃなかったことに気づいたのか、大笑いしてくれた。

「マジかぁ」

「マジマジ」

「そっかぁ。ありがとね、翔ちゃん!」

 不意に名前を呼ばれた。聞き慣れていたけど、聞き慣れなくなってしまったものだ。

「翔ちゃんって呼ばれてるんだよね? じゃ、私もそう呼ぶから」

「あ、ああ……」

 気恥ずかしさがあった。ワシのことを柴田勝家として扱わない人に会うのは久しぶりだった。嘘吐いた。親は扱わない。でも、親族以外では久しぶりだった。

 なんとも不思議なものである。柴田勝家だったから戦国メイド喫茶に来て、柴田勝家になったからテレビの撮影があった。それが巡り巡って、柴田勝家の名を使わなくて良い人に出会えたのだから。

「これからよろしくね、翔ちゃん」

 前田きゃりんちゃんが、大切そうにメッセージカードを持ってくれていた。その時のワシはどんな表情をしていただろうか。

(つづく)

 連載第6回は1/27(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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