2022.1.13
柴田勝家、はじめて〈推し〉ができるの巻
対決! マツコ・デラックス
平成27年(2015年)の2月某日、ワシはお台場にいた。
コミケとは関係なくゆりかもめに乗るのも久しぶりのことだし、それがアウト×デラックスの収録のためにフジテレビに向かうとあらば武者震いもする。ひとまずテレビ局の前で怪しくうろつき、早川書房の担当Iさんと合流して局内へ。
人生初の楽屋というものを経験し、いつもの着物姿になったところで人生初のスタジオを経験する。アウト×デラックスは何人かのゲストを呼んでのトーク番組だから、MCである矢部浩之さんとマツコ・デラックスさんと会うのは本番に入ってからだ。そして合図がなされ、薄暗いセットの裏から照明の光も眩しい表側へと。
「御年27歳の柴田勝家ということで、ご登場頂きましょう」
名前を呼ばれ、神妙な面持ちでMCの二人の前へ。ソファへ座り、一通りの紹介を受けてからトークが始まる。今でこそ場慣れもしたが、当時はデビュー直後なものだから表情も硬い。でもいいだろう、柴田勝家だし。
「柴田勝家です」
ワシは湧き出してくる恥ずかしさを、柴田勝家という架空の人格に仮託することで耐えている。ここにいるワシはワシではない、といった気持ちだ。
「それ、本名じゃないわよね?」
と、マツコさんが聞いてきた。
「はい、本名は綿谷翔太です」
早くも柴田勝家に全部おっかぶせる作戦は失敗した。全国区へ自分の本名を伝えてしまったのだから。
「昔の知り合いや近所の人からは翔ちゃんって呼ばれます」
もうヤケクソだった。
「そんな作家の柴田さんですが、なんでも趣味がメイド喫茶へ行くこと……だそうで」
ここでスタジオ内のモニターに映像が映し出される。まさしく収録の少し前に撮った、戦国メイド喫茶でのロケの模様である。おおよそ前回に語った通りの内容だったが、最後にワシのいないところで撮影された映像が入っていた。
「あれ、ワシの知らないヤツですよ」
映像には前田きゃりんちゃんが映っている。ワシがロケ中に推し宣言をした相手だ。そんな彼女に対して、アウト×デラックス側はこんな質問を用意していた。
「柴田勝家さんのこと好きですか?」
目をみはった。別にイヤな話ではない。ロケ中に告白されたような前田きゃりんちゃんが、上手くワシをフることでオチになる。それが撮れ高だ。
「勝家さんは、なんかとても紳士的な方で……」
ダメだ、きゃりんちゃん。メイドさんとして、お客さんを悪く言えないという心が先に出ている。しかし、きゃりんちゃんもまたテレビ的な判断を汲み取ったのだろう。いつもの笑顔を浮かべた後に、さらっとこんなことを言った。
「でも、私はもっと鼻筋が通った顔がタイプなんで!」
よし! と、心のどこかでガッツポーズをしている自分と泣いている自分がいた。カメラはスタジオに戻り、感慨にふけっているワシを映し出した。
「でもさ、柴田さん、鼻筋通ってないってわけじゃないわよ」
マツコさんからフォローが入った。とてもありがたい。そのまま会話は再びワシときゃりんちゃんの話となる。
「ところでさ、あんなこと言われてもさ、きゃりんちゃんのこと好きなんでしょ?」
「そうです」
「じゃあさ、もしもよ、きゃりんちゃんが柴田勝家って名前使うのやめて、って言ってきた本名にする?」
「しないですね!」
ふむん、と自信たっぷりに答える。するとマツコさんはやけに真剣な顔を作ってさらに尋ねてくる。
「じゃあ、きゃりんちゃんが好きって言ったら、やめる?」
「……、やめないですね!」
「じゃ、キスしてあげるって言ってきたら?」
「……! やめない……、ですね!」
この時、既にワシは次の質問への対応を考えていた。こういった会話は三つ目で落とすのが基本だ。恐らくマツコさんも承知の上で、そこそこ際どい質問を振ってくるはず。完全な心理戦だ。上手く着地できる奇抜さで、なおかつ笑いが取れる範囲を見定める。ワシはマツコさんと視線を合わせて空気を読む。
「じゃあさ、エッチさせてあげるって言ってきたら」
「あ、やめます」
つい笑顔で答えてしまった。
「アウトぉ!」
と、矢部さんの声が響いたところで撮影は終了した。