よみタイ

その日、ワシは征夷大将軍になった

「戦国メイド喫茶」の流儀

 秋葉原でメイド喫茶文化が花開いて十数年ほど。

 今や秋葉原の各地に店舗が並び、まさに群雄割拠、メイド喫茶の乱世。その中でもコンセプトを重視したことで独自の地位を得て、ワシのような戦国好きにも愛される有名店の一つ。それが戦国メイド喫茶だ。

 そもそものメイド喫茶に馴染みのない方に説明すると、これは2000年代の前半から登場した新しい飲食店の形だ。それまでもクラシカルなロングドレスにエプロンといった、いわゆるメイド服で給仕をする喫茶店などはあったが、そこにオタク文化で登場するメイドさんが合流して生まれたのがメイド喫茶だ。PCのギャルゲーファンなどにはおなじみであり、だからこそ当時はオタクの街として全盛だった秋葉原で発展していった。

 もちろん、その秋葉原も色々と変化している。

 今となってはオタクの街といった部分は隠れてしまったが、それでもメイド喫茶は一つの文化として十年以上も秋葉原で根付いている。その間にもメイド喫茶たちはしのぎを削り、新たなコンセプトを打ち出し、可愛い制服を考案し、オシャレな内装を作ったりと、日々進化を続けていた。

 中でも「戦国メイド喫茶」は、まず戦国時代を題材にしており、メイドさんたちも各地の有名武将や大名の娘という設定だ。設定じゃないけど。

「ご注文は何にしますか?」

 現に、こうしてワシに注文を取りに来た娘は豊臣秀吉の娘である「豊臣めめ」ちゃんだ。柴田勝家を賤ヶ岳で滅ぼした秀吉の娘である。仇敵の娘である。

「めめちゃん、今日も可愛いねぇ!」

「ありがとうございます~」

 でも〝可愛い〟の前には些細なことである。

 なんといっても「戦国メイド喫茶」は制服にもこだわりがある。和服をベースにしたメイド服は秋葉原でも珍しいし、肩についてるなんかペロペロしたヤツは甲冑の大袖をモチーフにしていて戦国感アップだ。あとは和服の袖というのは動くたびにヒラヒラして可愛さを演出してくれる。色合いも紫を基調にしていて、ピンクと白のフリルが実に愛らしい。

 ここでメニューを見てみよう。やはり大事なのは戦国時代というコンセプトだ。食べ物だって普通のオムライスやパフェではない。こういうものは各店、その店のコンセプトに沿ったネーミングをする。ここでは「信長包囲網黄金飯」に「毛利元パフェ」だ。

 また内装はシックよりだが、どことなく飲み屋の風情もある。酒瓶の並んだカウンター席にはワシより年齢が上の人たちが座っている。BGMは流行りの曲か店のオリジナルソング、もしくはコラボしているゲームやアニメのテーマ曲だ。店内は広く、メイドさんが注文を受けて駆け回る姿も良く見える。ワシはファンシーな店も嫌いではないが、長居するにはここのように少し薄暗く、いくらか乱雑なくらいがちょうど良い。

 さらに店内を見ればピンク色の当世具足もあり、金の茶室まで設えられている。幟り旗には各大名家の家紋もあってバランスが良い。まるで戦国時代に帰ってきたみたいだ。まさにホームってところだ。

 これだけ戦国の雰囲気を大事にしているのだから、ワシに合わないはずがない。

「で、勝家さん何飲む?」

「メロンハイボールで」

 でもワシはいつもメロンハイボールを頼む。戦国は慣れすぎて日常になってしまった。

「だと思ったから作っといたよ!」

 カウンターの方から声がする。別のメイドさんが既に飲み物を作ってくれていた。

「はい、じゃ勝家さん、いつものやるよ」

「うむ」

 最後に一つ、メイド喫茶では飲み物におまじないをかけるのが鉄板だ。当然、この「戦国メイド喫茶」にも存在する。

「じゃ、おいしくなーれ。萌え斬り!」

「萌え斬り!」

 両手を刀に見立てて切り捨て御免。「戦国メイド喫茶」の流儀。

 これがワシにとっての戦国時代、これが日常。

(つづく)

 連載第2回は11/25(木)公開予定です。

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新刊紹介

柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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