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南和行「離婚さんいらっしゃい」

夫が消した社内定期預金の行方

【弁護士とチキ子】

(弁護士)
「そして夫さんから離婚したいと言われた、
 ということですが……」

(チキ子)
「はい。夫は、解約したお金のことを問い詰めても、
 『借金を返した』の一点張りで、
 私が何の借金か、本当に借金なのか問い詰めると、
 『迷惑をかけたから、離婚してほしい』と」

(弁護士)
「夫さん、信用金庫の社員さんで、
 どっちかというと手堅いお仕事でしょう」

(チキ子)
「そうです。だから『借金を返した』っていうのも、
 まったくわからなくて」

(弁護士)
「例えば、奨学金があったとか、
 ご親族の商売の借金を肩代わりしたとかもないんですか?」

(チキ子)
「夫は奨学金も借りてませんし、
 夫の両親は、もし本当にそういうことがあれば、
 私にも必ず相談すると思います」

(弁護士)
「とはいえ、夫さんの名義だから夫さんが、
 自分で書類を書いて判子を押せば解約できる」

(チキ子)
「しかも夫は信金の社員だから、
 そういう書類的なこともササッと面倒なくできて」

(弁護士)
「生活費を止められたりとかはないのですか?」

(チキ子)
「日常の生活費は、私のほうから出していましたし、
 借り上げ社宅なので家賃はほとんどなくて、
 生活費がなくて困ったとかではないのです」

(弁護士)
「今はどうですか?」

(チキ子)
「夫はそれが発覚してから、
 私に、毎月の生活費として、
 現金を渡してくるようになって」

(弁護士)
「当面の生活に困っているわけではないということですね」

(チキ子)
「そうです。むしろ、私は、これまでの間、貯めたものが、
 何に消えたのかということを夫から聞きたいのですが」

(弁護士)
「しかし夫さんを問いつめると、離婚してくれと言われるの堂々巡り」

(チキ子)
「『借金を返した』の一点張りと、
 問い詰めたら『迷惑をかけたから、離婚してほしい』と、
 もうそれしか言わなくなって」

(弁護士)
「いくらくらいになるんですか?」

(チキ子)
「生命保険の解約金も入れたら一千万円くらいです。
 すごく節約して、生活費が足りないときは、
 私の結婚前の貯金を崩してまでして」

(弁護士)
「若いご夫婦で子供さんもいて、しっかり貯金というのは立派ですね」

(チキ子)
「それが消えたんです」

(弁護士)
「チキ子さんとしては離婚についてはどう考えていますか?」

(チキ子)
「夫がお金を使った理由がわかれば、
 夫婦でやり直すこともできると思います」

(弁護士)
「理由がわからなければ、離婚するしかないということですか?」

(チキ子)
「そんな人と、これからどうやっていくかとか、そもそも信用できないですから」

(弁護士)
「でも、離婚したら、逆にもうそのお金が消えた理由は、
 一生わからないままになりますが……」

(チキ子)
「だから財産分与とか慰謝料とかちゃんとしてもらって離婚したいです」

(弁護士)
「ただ財産分与というのは、
 離婚するときに存在する夫婦共有財産について、
 夫婦どちらの名義かに拘わらず、
 とりあえず全部を二分の一ずつ分ける制度なので」

(チキ子)
「今、存在する財産……ですか?」

(弁護士)
「はい。だから今となっては、
 チキ子さんご夫婦の財産は、
 夫さんが理由はわからないけれど使って消してしまったので、
 財産分与が実質的にゼロに近くなる可能性もあります」

(チキ子)
「私の貯金や子供の学資保険はどうなるのですか?」

(弁護士)
「チキ子さん名義の貯金は、
 結婚前からある特有財産として、
 財産分与の対象にはならないのですが、
 子供さんのための学資保険は、
 財産分与の対象になりますね」

(チキ子)
「慰謝料はどうなんでしょうか?」

(弁護士)
「今回の場合、夫さんのほうに離婚の原因はあるといえるので、
 理屈として慰謝料を請求する余地はあります。
 でも夫さんには慰謝料として実際に支払うお金はないですよね……」

(チキ子)
「私のいちばんの引っかかりは、
 夫が何にお金を使ったのかなんですが、
 それを夫が隠し続けて離婚したら、
 ますます迷宮入りになるなんて……」

(弁護士)
「夫さんが何にお金を使ったのか、
 本当に借金なのか、調べようがあれば、
 チキ子さんも心を決められるかも知れませんね」

(チキ子)
「夫の両親にも相談をしてみます」

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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