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南和行「離婚さんいらっしゃい」

家族を守るためです。私はカルトじゃありません!

【マテ子のその後】

夫が家を出てからのマテ子

マテ子は、弁護士まで間に入れて、
関係を断ちきろうとしてきた夫のことを、
「いよいよおかしくなった」と思った。

弁護士事務所の帰り道、
マテ子は久しぶりの都会の雰囲気に息苦しくなった。
早くファームに帰って、
みんなと笑顔で本物の空気を吸いたいと思った。

マテ子のファームでの日々は穏やかだった。
着飾る必要もなく、笑顔を作る必要もない。

そして化学物質や食の危険について、
多くの人がいつか本当のことに気付くまで
ファームを守ること、
カフェを拠点にそのことを伝えること、
そのことを考えるだけで良かった。

3年前、夫は長女を連れて家を出た数日後、
マテ子に電話をしてきて、
別の町に引っ越して生活をやり直すことを提案した。

しかしそれはマテ子とカフェの縁を切らせることだった。
だからマテ子は引越しを断った。

すると今度は、マテ子の両親が自宅へ来て、
実家で静養するようにマテ子に促した。

マテ子は、しょうがなくその場では、
実家に戻ることを両親に約束したが、
マンションの解約の手はずを整えた上で、
全ての荷物を持ってファームでの共同生活に入った。

夫の給料から積み立てていた貯金、
マテ子が結婚するまでに働いて作った貯金、
それらはすべてファームに渡した。

夫は何度かファームに来たが、
会えば会うほど夫はマテ子の全てを否定することを言った。

ファームの仲間から、
「マテ子さんの夫は優しそうに見えるだけで、
子供の本当の安全を全く顧みない危険な夫の典型だ」
と言われた。

長女のことは心配だった。

夫のもとで汚染された食品を食べさせられているのではないか、
化学染料の服を着させられているのではないか、
マテ子はお腹の中で亡くなった子供を思うと、
なんとか生まれてきた長女だけは、
早く安全なシェルターで育てたいと思った。

しかし夫はマテ子が心配していることを否定し、
離婚をして親権をよこせと言ってきた。
マテ子には理解できないことだった。

カフェの中のマテ子

夫の弁護士と会った3年後、
マテ子はファームが運営するとある町のカフェで働いていた。

ファームのみんなで育てた安全な野菜と鶏肉。
そして信頼できる世界の仲間から届けられたオリーブオイルとソルト。

席に座った女性客にマテ子が水を運ぶと、
その女性客は、マテ子の膨らんだ下腹部を見て涙を浮かべる。

マテ子は「大丈夫ですか?」と、
その女性客の肩にそっと片手を置く。

「ごめんなさい。実は私、流産して。
 もう何ヶ月も前なのに、妊婦さんを見るとつい……」

女性客は申し訳なさそうに言う。

マテ子は両手で女性客を抱きしめる。

「私もね、もう7年も前だけど、二人目の子を流産して。
 やっとまた授かったの。
 私もすごく落ち込んで、自分を責めてしまったけど、
 いい食べ物に囲まれたら、
 少しずつ空気がおいしくなって、笑顔になれました」

これはマテ子の本心だった。

カフェのキッチンにいる若い男性が、
マテ子のお腹の子の父親だ。

彼は大学の活動を通じてファームと関わり、
そのままファームの運営者になった。

カフェの近くで今はマテ子と一緒に暮らしている。

マテ子の離婚

マテ子はファームで出産した。

ファームで生まれた子供たちは、
役所に出生届を出さない。
だからマテ子が夫と離婚していないことは問題にならなかった。

マテ子はファームの中で、
子供の父親と一緒にファームやカフェの運営にも関わるようになった。

夫の弁護士が言ったように、
ファームはいくつも裁判を抱えていた。

裁判所から金銭を支払う命令が出たこともあったが、
そういうことはファームの中には関係のないことだった。

ファームの野菜や鶏肉は、
通販で日本全国に販売されていたし、
新しくカフェをオープンさせればお客はついた。

みんな自分たちで運営しているから、
ファームの中では問題はなにも起こらない。

マテ子は夫のことも、長女のことも、
ほとんど思い出さなくなっていた。

ファームで生まれた子が10歳になった頃、
夫の弁護士からあらためて離婚届と手紙が送られてきた。

手紙には長女の年齢も、もう18歳の成人になったと書いてあった。

マテ子は、長女が大人になったのであればと、
離婚届に必要事項を記入して送り返した。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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