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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。

前回は「17位」という数字が書かれている紙袋を発見し妄想が止まらなくなった筆者。

そして今回は、連載最終回。ある鍵の落とし物を見つけたようで――

(写真/ダーシマ)

木製の鍵の落とし物と高校時代の片付けてないままの下駄箱

都内の路上で見つけた「にの七」と書かれた木の鍵。
都内の路上で見つけた「にの七」と書かれた木の鍵。

星新一の『鍵』のように、この鍵で開けられる場所を探してみるのもいいかもしれない。

高校3年生の冬休みだったか三学期が始まっていたのか忘れてしまったが、私は雪の中を汽車に乗って上京した。大学受験のためである。

高校生の頃の私は何としてでも東京に行こうと思っていたから、上野駅に着いた時に「このまま帰らなければ良い」という選択肢を思いついた。どの大学にも受からず帰ってしまうとまた上京することは難しくなる。しかし私は全然勉強していないので受かるわけがない。そこで「帰らずにこのままレベルの高い東京で浪人する。それが自分にとって良い選択だ」などとそれっぽい言い訳をして帰らなかった。
そのため卒業式には出席していなくて、それに対してはなんの思いもなかったのだが、ふとあることが気になった。下駄箱のことである。

下駄箱の中には私の上履きがある。それは当たり前だ。その他にも教科書を何冊か入れてあって、ノートも入れてあって、さらに雑誌も入れてあった。しかも乱雑に詰め込んでいた。私が戻らないということはそんな汚い下駄箱を誰が片付けるわけであって、それを考えるとなんだか突然恥ずかしくなった。

それだけではない。万が一自分のことを好きな子がいたとして、その子が手紙を下駄箱に入れようとした時、「汚い!」と驚く。あるいはバレンタイデーにチョコを直接渡すことができない恥ずかしがり屋の子がチョコを下駄箱に入れる時に、汚くて入れる隙間がないのだから困惑し幻滅したのではないかと考えた。せめて下駄箱を綺麗にしてから上京すれば良かったと悔やんだ。

そんなことを思い出したのはこの落し物を見たからである。

この木製の札は鍵である。古くは銭湯で、今だと居酒屋で見ることができる下駄箱の鍵だ。正式名称は「松竹錠」というらしい。
だいたいは数字が書かれているか、ひらがなと数字の組み合わせが書かれている。この落とし物は後者のパターンである。私がよく行く居酒屋もこの鍵であってそこは数字のみであるのだが、4や9を避けている自分に気づく。13も避ける。42や49も、もしも666まであればそれも避ける。たかが居酒屋の下駄箱であっても験を担いでしまう。それらはいわゆる忌み数と呼ばれているもので、最近調べたらイタリアでは17が、ベトナムだと3がそうであるようで、私が選択できる下駄箱はさらに少なくなった。

ところでこの鍵が落ちているということは、

1:誰かが靴を履かずにここまで来た
2:誰かが勝手に鍵だけ持ってきた

のどちらかであろう。居酒屋でかなり酔っ払ったとしたならばどちらもしてしまいそうだ。どちらも迷惑な話ではある。

ふと、別のことを思い出した。星新一のショートショートの『鍵』という話である。「ある男が鍵を拾い、その鍵で開けられる扉を探して歩き続けて……」という内容だ。
私もこの鍵を拾って開けられる下駄箱を探してみようか。そこにはどんな靴が入っているのだろうか。
その道中でまた別の落とし物に出会うことだろう。

※せきしろさんの「東京落物百景」は今回で最終回になります。2年にわたる連載、ご愛読ありがとうございました。スマホばかり見ずに街を歩いていると、物語を感じる不思議な落とし物をいろいろ発見できるかもしれません。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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