2025.12.25
22億円の横領疑惑とともに海に消えたJA職員の謎を追え! 人口3万人の島で4000人の保険契約を取った“神さま”の死
氏の趣味でもあるノンフィクション乱読から、読む者を異世界へといざなってくれる本をセレクトして紹介する書評連載です。
第1回は、開高健ノンフィクション賞を受賞した窪田新之助著『対馬の海に沈む』を取り上げます。
鼻血が出そうな感覚
気づけば、ノンフィクションばかり読んでいる。積読本も、大半がノンフィクションだ。濃密なノンフィクションには小説家も思いつかないような人物や出来事が描かれていて、「本当の話」ならではの凄みがある。
僕が特に好んで手に取るのが、世の中のダークサイドやアンダーグラウンドを描いた作品だ。そこには、普通に生活をしていたら存在を知ることもなかっただろう異世界がある。
異世界モノを読み進めると、「こんな人が実在するのか」「こんなことがリアルに起きたのか……」と想像して脳内がカーッと熱くなる。仄暗く怪しげなトンネルに足を踏み入れたような緊張感、この先になにがあるのかという興奮、闇のなかに隠されてきたものをのぞき込む背徳感……。小説にはないこの鼻血が出そうな感覚を味わいたくて、ノンフィクションを買い集めてしまう。もしかすると、中毒なのかもしれない。
この気持ちを仲間たちと共有したい。語り合いたい。常々そう思っていたら、ある日、行きつけの今野書店(西荻窪)の店員で懇意にしている花本武さんに、「イオさんは乱読家で、面白いノンフィクションたくさん読んでると思うから、それをいかしたら? ノンフィクションの書評書くとか」と言われて、ハッとした。その手があったか!
このことをSNSに投稿したところ、たまたま今野書店と花本さんをよく知る「よみタイ」の編集者より声がかかり、あれよあれよという間にこのページを担当させてもらうことになった。人生なにが起きるかわからないという点では、これも小さなノンフィクション的展開とも言える。
さて、最初に紹介するのは、ノンフィクション作家、窪田新之助の『対馬の海に沈む』だ。2024年に第22回開高健ノンフィクション賞を受賞している。ほぼ1年前に発売された本をいま? と思うかもしれない。だが近年、僕が読んだノンフィクションのなかでも、この作品は緊張感、興奮、背徳感という異世界モノ3大要素を味わううえで屈指の内容なのだ。ノンフィクションが好きな人にも、ノンフィクションに慣れていない人にもお勧めしたい。
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「プロ野球選手並み」に稼ぐJA職員
多い年には、年収4000万円弱。一等地などに16件の不動産を所有。所属先に課されたノルマの大半をひとりで達成。自身の名前を冠した軍団を率い、日本一の営業マン、神さまとも称された男の名は、西山義治という。
西山は1997年から、生まれ故郷の長崎県・対馬の農協(JA)で、ライフアドバイザー(LA)という仕事に就いていた。平たく言えば保険の営業マンで、JAが扱う生命保険や損害保険などを販売していた。
その実績は、天文学的だ。人口3万人ほどの対馬で彼が成約した人数は、約4000人。島に住む1割を超える人たちと契約を結んでいたのである。全国に2万人のLAを抱える巨大組織JAのなかでも突出している成績で、西山は何度も全国トップのLAとして表彰されてきた。だから、“神さま”なのだ。
LAには営業実績に応じた歩合給が支払われ、著者の調べによると、最も多い2017年には約3300万円。これに、西山の当時の基本給など500万円超を加えると、年収が4000万円弱になる計算だ。西山本人が「プロ野球選手並み」と話していたという。
「就いていた」「販売していた」「表彰されてきた」と過去形で記すのは、理由がある。西山は2018年2月に亡くなった。対馬の港から海へ、ひとり車で突っ込んで。
享年44歳。事故死なのか、自死なのか。それは本人にしかわからない。死後、明らかになったのは、彼が犯罪に手を染めていたということだ。彼が違法な手口で懐に入れた保険金、なんと22億円超。JAは西山の遺族に裁判で返還を迫っているが、そのうちの大半は、使途不明になっている。
一般的なJAのイメージは、「農業に関係する組織」程度だろう。一介のJAの職員がどうやって膨大な保険を売り、不当に得た巨額の保険金をなにに使い、なぜ不自然な死を迎えなければならなかったのか? この謎に迫るのが、『対馬の海に沈む』だ。
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