2024.6.15
広島県民の気持ちになって、「広島焼き」問題を考えてみる
長年これは僕にとって謎のままだったのですが、ある時業を煮やして、SNSで尋ねてみました。煽るつもりでもなんでもないと言葉を尽くし、「広島焼きの何が嫌なんですか?」と。瞬く間に色々な意見を頂戴しました。もちろん中には広島県民の方も多くいらっしゃいました。その時もやはり明確な答えは得られなかったのですが、大筋としては「大阪に対する対抗意識なのではないか」ということのようでした。(ちなみにこの名称が戦火をイメージさせるのも忌避される理由という話も聞いたことがありますが、この時の方々は、それは少し牽強付会なのではと言う方がほとんどでした。)
つまり、
「お好み焼きの本場は広島と言いたいところだが、確かに大阪ももうひとつの本場であることは認めざるを得ないであろう。しかし大阪のお好み焼きが全国でたんに〝お好み焼き〟としか呼ばれていない中で、広島のそれが別の名前で呼ばれるのは、大阪こそが本流で広島は傍流であるかのごとく扱われているようで、極めて遺憾である」
ということです。
そう言われてみると確かに、と思う部分もあったのですが、同時にそこには少し誤解もあるような気がしました。というのもそもそも、大阪も広島も、決して「お好み焼きの本場」とは言えないからです。
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近代食文化研究会著『お好み焼きの物語』は、お好み焼きの戦前史を膨大な資料をもとに解き明かした力作ですが、同書によるとお好み焼きの発祥は東京であるようです。小麦粉を焼いただけの「文字焼き」が、もんじゃとお好み焼きに分化してそれぞれ進化し、後者が全国に伝わっていった中に、大阪も広島もあったということになります。これも同書によると、そのお好み焼きには大きく2種類の焼き方があったようです。ひとつは生地に具材を混ぜて焼く言わば「混ぜ焼き」、もうひとつがまず生地を広げてそこに具材を乗せる「重ね焼き」で、東京にはこれが両方ありました。
ただしこの二つの焼き方は、この時点ではあまり差がありません。どういうことかわかりますか? 例えば、重ね焼きの方が伝わった地域のひとつが名古屋です。名古屋ならではのお好み焼きはすでにかなり廃れているのですが、古くからの店が稀に残っています。そういう店は大抵が持ち帰りの店であり、買うと折り畳まれた状態で手渡されます。折り畳まれているということはつまり、薄いということなのですが、それを食べただけでは、それが「混ぜ焼き」なのか「重ね焼き」なのかはよくわかりません。少なくとも焼き方の差は、あくまで店側のオペレーションの問題なのであって、味にさほど大きくは影響しないということですね。
しかし、差がないのはあくまで両者とも薄い場合に限られます。そして各地に伝わってローカルフード化したお好み焼きのほとんど、特に重ね焼きの方は、今でも薄いままであることが多いようです。しかしその中で、極端に分厚く進化していった異端な存在が二つ。もうお分かりですね。重ね焼きが分厚く進化したのが広島であり、混ぜ焼きが分厚く進化したのが大阪です。
単に生地をたくさん使って厚く焼くのはそう難しいことではないでしょうが、普通にそうするだけだと、硬くてモサモサした塊になってしまうだけです。そこを広島では複雑な多層構造によって、大阪では生地・混ぜ方・焼き方の工夫によって、それぞれ解決したということになります。
先ほど書いたように、薄い重ね焼きは、混ぜ焼きとそう印象は変わりません。そして全国的には混ぜ焼きが伝播した地方が多いようです。その視点から見ると、大阪のお好み焼きは、分厚く、ふんわりと、そして具も何かと豪華に進化していったとはいえ、本質的な部分では誰もが知るお好み焼きとそう変わらないのです。あくまで同一線上の質的な進化と言えます。
それに対して広島のお好み焼きは、重ね焼きが進化する過程のある時点で明確に別次元の料理にクラスチェンジし、いつしか固有の名称が与えられることになりました。キャベツを増やせるだけ増やしていったこともさることながら、焼きそばが重ねられた瞬間こそがそのターニングポイントだったのではないか、と想像しているのですがいかがでしょう?
何にせよ僕は心中、広島県民はお好み焼きが広島焼きと呼ばれることを、怒ることはないのではないか、むしろ誇っていいのでは、と思っています。とはいえ現実に怒っている人に対して「怒る理由など無い」などというほど失礼なこともありません。なので僕は普段の生活で「広島焼き」という名称を使うことは無いでしょう。前回、今回とその忌み名を連呼しまくったことは、かくなる事情の上ですので、どうかご容赦願います
次回は7/6(土)公開予定です。
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