よみタイ

ビッグな先輩が教えてくれたスペシャルな「広島焼き」

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る短期集中連載。

前回までは、5回にわたり白熱の「うどん編」をお送りしました。
今回からは、お好み焼き編をお送りします。初回から、物議を醸すあの名称が……。

お好み焼き編① 広島風のお好み焼きは感動の味わいだった

 僕が初めて広島風のお好み焼きに出会ったのは、30年以上前の京都での大学時代でした。バンドサークルの先輩、東京出身のFさんに連れて行ってもらったのです。Fさんはヴォーカリストでした。TUBEの前田亘輝氏を敬愛していたのは当時の大学生としても相当渋めでしたが、歌は抜群に上手く、もしかしたらその気になればプロを目指せるくらいなのではないかと皆が認めていました。
 そういう特異能力者にありがちなことですが、Fさんはなかなかの生活破綻者でもありました。授業にはほとんど出ることなく、当然、単位は片っ端から落としていました。それだけならまだ自己責任ということで済むかもしれませんが、Fさんは授業だけでなくバイトも大嫌いで、そのくせ妙に金遣いが荒かったので、どうも借金は膨れ上がっていくばかりだったようです。
 借金苦に陥ったきっかけは、Fさんがある日、買い物中に勧誘されてよくわからないまま作った、某ファッションビルのクレジットカードでした。
「カードなんてあんまり使ったことがなくてよくわからなかったからさ、とりあえず言われた機械に突っ込んでみたんだよね。で、なんか適当にボタン押してたらさ、驚いたことに機械からニュッと万札が出てくんだよ。もう一回カード入れて同じことしたらまたニュッと出てきて、もう猿みたいにそれを繰り返してたらいつの間にか手元に10万あるわけ。これは凄いものを手に入れた、これでもう永遠にバイトなんてしなくていいじゃん、って思ってほくほくして毎日のように通ってたら、いつの間にかえらいことになっちゃってさ」
 自業自得と言うべきか、むしろ社会問題と言うべきなのかはさておき、人間、借りたものは返さねばなりません。僕はこれでFさんもいよいよ一発逆転を狙ってプロ・ヴォーカリスト目指して精進するのではないかと密かにワクワクしていたのですが、残念ながらFさん自身にその気は全く無いようでした。しかしその代わりFさんは、誰も予想しなかったアクロバティックな方法で、その借金を全額返済したのです。

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 Fさんは麻雀が異常に強かったのですが、学生同士のチンケな勝負では飽き足らず、繁華街の雑居ビルにあるかなりヤバめの雀荘に通っていました。まあそもそもそれも借金が増えた一因だったのかもしれませんが、とにかくF先輩はなぜかこちらの方で一念発起。麻雀専門誌が主催する全国大会に出場します。F先輩は順調に勝ち上がり、なんと決勝リーグまで進みました。当時有名だったタレント雀士とも卓を囲み、その賞金なのか***金なのかは分かりませんが、何しろ借金問題は(今後に漠とした不安を残しつつも)いったん解決しました。

 これはお好み焼きの話ではなかったのか、いったい自分は何を読まされているのだ、という読者諸氏の困惑を想像すると(そしてそれ以前に、編集者氏がこれを許してくれるのかという不安もあり)若干身がすくむ思いではありますが、これは大事な部分なので、もうしばしお付き合いください。

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 さてFさんの散財の対象は、ヤバい雀荘以外に、例えばファッションがありました。ある時Fさんは、謎のテンガロンハットに、何のために付いているのかよくわからないビラビラがぶら下がったスウェードのベスト、そして踵にピザカッターが付いたゴツいブーツという、音楽の趣味以上に渋すぎるコーディネートを10万円以上かけて揃えました。もちろん金の出所は、そもそもの諸悪の根源である例のクレジットカードです。しかもお店でカードを切るのではなく、いつものように機械からニュッと出した万札を揃えて、颯爽と現金購入したのです。お金のことに疎い我々も、さすがにそれは手数料だの利息だの、あからさまに何らかの損をしていそうな気はしましたが、Fさんはもちろん、そんな細けえことにこだわるような小さい男ではありません。
 そのオシャレ上級者すぎる一揃えのコーディネート、Fさんとしては一応「ステージ衣装」という名目があったようです。しかし、どうせ身内しか来ないサークルのライブというか単なる定期発表会のためにその散財は明らかにやりすぎでは、と我々は陰で囁き合いました。百歩譲って例のカードが本当に魔法のカードだったとしてもです。
 しかしライブ当日、スポットライトを浴びて「あーー夏休み!」と全く音程をブレさせることなくハイトーンシャウトを決めるFさんは、確かに輝いていました。ピザカッターもキラキラしていました。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)。

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