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【中村憲剛×村井満対談 前編】ミスがつきもののサッカーから学んだ、「PDMCA」が大事だと、いま確信している

中村憲剛さんの対談連載、15人目となる今回のゲストは前Jリーグチェアマンで、現在は日本バドミントン協会の会長を務める村井満さんです。
リクルート本社執行役員、リクルートエージェント社長、RGF Hong Kong Ltd.社長・会長(アジア担当)などを経て、サッカー業界の外から初めてJリーグチェアマンに就任した経歴を持つ村井さん。チェアマン時代には、選手時代の中村憲剛さんの一つの発言から「シャレン!Jリーグ社会連携」(社会課題や共通のテーマに、地域の人、企業、団体、自治体、学校などとJリーグ・Jクラブが連携して取り組む活動)が誕生したことをきっかけに、2人の交流は今も続いています。日本バドミントン協会でどのような手腕を発揮しているのか、憲剛さんも興味津々で……。

(取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫)
Jリーグのチェアマン、選手の時代から懇意にしている村井さんと中村さん。対面での話は久しぶり。
Jリーグのチェアマン、選手の時代から懇意にしている村井さんと中村さん。対面での話は久しぶり。

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バドミントンは裾野が広く、奥も深い競技

中村
村井さんが2022年3月にJリーグチェアマンを退任されてから翌2023年6月、日本バドミントン協会の会長に就任するまで1年以上ありましたが、あらためてうかがいます。なぜバドミントンの世界に?

村井
退任してからキャンピングカーを買って、日本中を放浪しようとしていたんですよ。

中村
それはうらやましい(笑)。

村井
でしょ(笑)。日本バドミントン協会の会長に就任する経緯を説明すると、私が就任する前に元職員の横領事件が発覚して、かつ、理事会に報告されたものの発表するまでにものすごく時間が掛かってしまった。社会的には隠ぺいと言われるようなコンプライアンス事案。(JOC等から支出される)強化費の減額といった厳しい処分を受け、その対応策の一つとして外部からリーダーを迎えることが、ある種の救済条件だったようです。

中村
そこでJリーグのチェアマンを務めた経験のある村井さんに依頼があった、と。

村井
もう本当に突然の話で。ただJリーグのチェアマンのときにスポーツ界にすごく世話になった人間なので、どこかのタイミングでスポーツ界に恩返ししなきゃいけないとは思っていました。

中村
組織の建て直しというのはやはり大変でしたか?

村井
入ってみて深刻だったのは財政的な問題。債務超過状態に陥っていて、個人で言うなら自己破産に近い状況でしたね。公益財団法人である我々は債務超過状態が2年続くと、組織を清算しなければならないという法律もある。これはJリーグのときもなかった経験で、2週間くらい一睡もできなかった。(就任の)連絡を憲剛にしなきゃいけないと思ったんだけど、それもできないくらい忙しくて。そこをなんとか解決させて、(1期目で)コンプライアンス、財務面、内部組織体制といったところも大体メドがついたのかなと思っています。

中村
そして今年6月から2期目に入っているということですね。

村井
はい。債務超過に至るプロセスでは予算以上の強化予算を使っちゃったのはもちろんダメなんだけど、その動機は日本のバドミントンを強くしなきゃというところでもあって。協会が大変な状況に陥っているなかでも、選手のみなさんは本当によく頑張ってくれて、先のパリ五輪では東京五輪よりもメダルを多く獲ってくれましたから。

中村
そうですよね。日本のバドミントンは人気も実力もあるイメージです。オグシオさん(小椋久美子、潮田玲子)は世代的にもそんなに変わらなくて、彼女たちが活躍していたころから五輪などでは注目して見ていましたね。

村井
憲剛はバドミントンやったことある?

中村
あります。体育の授業でもやりました。ただ、僕、足はいけるんですけど、手で道具を使う競技が全然ダメで(笑)。空間認知能力がどうも低いようで、バドミントンはラケットの面積が狭いから、思うようにシャトルがうまく当たりません(苦笑)。

村井
体育の授業であったり、家族で楽しんだり、誰もがやったことのある裾野の広い競技だと思うんですよ。2人いればいいし、広い場所も必要ないからね。それに奥が深いし、一般の方が思う以上に過酷なスポーツなんです。前後左右、不規則にステップやジャンプをずっと続けなきゃいけないから。だからサッカーのように相手との接触プレイはないけど、アキレス腱や前十字靭帯をよく痛めたりもする。

中村
膝にサポーターを巻いている選手も多いじゃないですか。動きを見ていてもとても激しいですし、ラリーが続けば持久力も必要になるとても負荷が掛かるスポーツだなと思って見ています。村井さんは「奥が深い」と言いましたが、どういうところに感じるんですか?

村井
たとえば縦に入ってくるシャトルには強いけど、横から入れられると弱いみたいな相手だとすると、相手をどっちかのサイドに寄せるとか、逆に寄せられるフリをして裏をかくとか、そういう駆け引きが奥深くて面白い。

中村 
サッカーとも共通していますね。自分も思惑を相手に気づかせないようなパスを出して、実は自分の狙いどおりに相手を動かすというのは意識してプレーしていました。

村井
(陸上)やり投げの北口榛花選手は小学生のときにバドミントンで全国レベルでの活躍の経験があります。肩甲骨の可動域を広げたり、体幹を鍛えたりできるので、ほかのスポーツにも活きてくる。ドジャースの大谷翔平選手のお母さんがバドミントンで活躍したのも有名な話。大谷選手が小さいころ、お母さんからそういったことを聞いたりしていたのかもしれないなって思うんです。

中村
サッカーも肩甲骨、体幹はパフォーマンスに密接に関係しています。長いボールや強いボールを蹴るときは体をしっかりと開くので、肩甲骨の柔軟性や体幹の強さはとても大事です。バトミントンは空間認知能力やステップなどの敏捷性も養えますし、子供たちにはサッカー「だけ」をするのではなく、バトミントンもオススメかなと思います。

「スポーツ界に恩返ししなきゃいけないと考えていた」と村井さん。
「スポーツ界に恩返ししなきゃいけないと考えていた」と村井さん。

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中村憲剛をJリーグのロールモデルとして見ていた

中村
チェアマン時代のお話しをしていきたいと思います。理事を経て、チェアマンに就任されたのは2014年1月でした。

村井
私が就任したころのJリーグは財政的に厳しい状況で、就任前にすでに決まっていましたが、2014年と2015年は2ステージ制を復活させました。就任後の3月には浦和レッズのサポーターによる「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕を掲出した問題が起こり、無観客試合を裁定しました。その後も自分が決断していかなければならないことの連続でしたね。自分の経営スタイルがまだ確立されていない時期でしたし、先輩チェアマンのみなさんがやってきたとおりにやってもなかなか思ったようにいかない葛藤もあった。そういったなかでDAZNとの契約なども決断していくんですけど、ずっと自分のなかにあったのが(Jリーグが)ホームタウン、地域密着と謳っているんだったら、今までの延長線では限界があるという思い。そんなときに憲剛と対談する機会があって、お叱りを受けたんだよね。

中村
村井さん! お叱りだなんて……やめてください(汗)。お話ししたのは2016年ごろです。僕が所属する川崎フロンターレは長年地域密着・社会貢献活動に力を入れてきたクラブで、自分たちがプレーをする川崎市のみなさんと多くのイベントで接する機会が増えていく中で、多くの方を巻き込んで輪が大きくなっていくのをピッチ内外で体感してきました。地域のみなさんと共に歩むことで、サッカー選手の存在意義がピッチ外にもあり、関係性が深くなればなるほどピッチ上のパフォーマンスにも反映され、ピッチ内外でファン・サポーターに喜んでもらえるクラブになっていきました。その(地域密着、社会貢献活動の)大切さを強く感じ、ここからどう広げて行くかに悩んでいた時期でもあったので、Jリーグのトップである村井さんにお会いできることはチャンスだと思いましたし、「Jリーグの努力はちょっと甘いんじゃないですか」と伝えました。ただ、言い方も含めてJリーグのトップの方に、一選手がよく言ったなと…。振り返ってみても背中がゾッとします(笑)。

村井
フロンターレのことはハーフタイムにグラウンドのコースでフォーミュラカーを走らせたり、プロレスの試合をやったり、敷地内で動物園をやったりして、大人も子供も楽しめるようなことをやっていてすごく注目していたんです。もちろんフロンターレを代表する中村憲剛というプレーヤーにも。都立久留米高出身で全国高校選手権にも出ていない、中央大サッカー部では2部落ちを経験していて、入会した当時J2の川崎フロンターレはお客さんが全然入っていない状況。そこからクラブの成長とともに日本代表としても活躍する中村憲剛は私にとってJリーグの1つのロールモデルだったんです。そういったなかであの対談があって、「僕らは本気でやっているのに、Jリーグは何をやろうとしているんですか?」と言われてノックアウトされた感じがあった(笑)。私自身、当時はその答えが出てこなかったから、よくぞ言っていただいた、と思いましたよ。

中村
クラブだからこそできることは多くありますが限界はあるので、より大きな輪にするためにもJリーグに旗振り役になってもらえたらなという思いからでした。そのあとに「シャレン!Jリーグ社会連携」が立ち上がります。

村井
どこのクラブもサッカー教室をやったり、学校を訪れて給食を一緒に食べたり、町の清掃を行ったり、それぞれホームタウン活動をちゃんとやっていました。ただそれだけでは、その見返りというか、サポーターになってほしい、スタジアムに来てほしいという“2者間取引”のようなもの。そうではなく、「シャレン!」の概念は、みんなでサッカークラブをハブに使って地域課題を解決するような活動をするということ。その原型がフロンターレにあったんです。陸前高田市との交流にしても、憲剛が先頭に立ってやっている。出番のない選手が主にホームタウン活動をやるんじゃなくて、中心選手が率先してやっている。これはリーグとしては言えないわけです。(試合前後に活動してコンディション面を崩したりしたら)「ちゃんとその責任を取ってくれるのか」っていう話になりかねないし、「しっかりやってくれるところには配分金出します」とか、お金でつる話でもないですから。
ただ憲剛の姿勢を見たフロンターレの選手たちが一生懸命にやってくれているから、我々もあの動きができた。それに当時のフロンターレは(2017年に)初タイトルを獲得して以降、次々にタイトルを獲っていきましたよね。

中村
地域密着、社会貢献活動が周りに評価されながらも優勝をすることがなかなかできなかったので、色々言われることもありましたが、ピッチ外の活動がピッチ内にパワーとして現れると僕は信じていましたし、活動を行いながら結果を残すことが悲願になっていたので、優勝して自分たちが辿ってきた道を自分たちで肯定できたことは嬉しかったですし、大きな自信に変わりました。その後のタイトル獲得はその自信がもたらせてくれたところもあると思います。

村井
(活動を)実践するのはクラブなんだけど、憲剛が言ってくれたように旗振り役としてコンセプトを打ち出すことができた。初代チェアマンの川淵三郎さんがドイツ・デュイスブルクにある『スポーツ・シューレ』で一面に広がる緑の芝生を見て、サッカークラブをつくろうと思ったという有名な話がありますが、原博美さん(当時、Jリーグ副理事長)に「我々もデュイスブルクに行ってその原点に立ち戻っておこうよ」と2人でドイツに行ったんです。いろんな刺激を受けた。そんな折に(のちにJリーグ理事となる)米田恵美さんを迎えて「シャレン!」の原型を議論していくことになる。要は、引き金を引いたのは憲剛で、私はそれに応えなきゃという思いで「シャレン!」という概念に結実させたんです。
2018年にJリーグ開幕25周年記念イベントを催して、Jリーグを使ったら何ができるかを考えようと300人を集めたこともありましたよね。その時、家庭教師が来てくれて「頭がよくなるスタジアム」とか、「Jリーグで農業をやる」といったいろんなアイデアがバーッと出てきた。川淵さんが地域密着という革新的な概念で発足したJリーグでしたが、途中から概念はあるのにマンネリ化する時期があって、そこに改めて憲剛が火をつけてくれた。それから今に至るまで(「シャレン!」は)しっかりと定着しているし、みなさん本当にいい活動をやっている印象があります。

中村
村井さんに想いを伝えたことで「シャレン!」が出来上がり、25周年記念イベントにも登壇させていただいて輪が広がってく様子を見た時に、言い方あれですが初めてJリーグとちゃんと「つながった感覚」が僕のなかに芽生えたんです。リーグからお墨付きをもらったことで、もっとやっていこうって思えました。その裏には村井さんの懐の大きさが間違いなくありました。村井さんは何でもオープンに話をしてくださるので、聞きたいことも聞けたし、言いたいことも言えたというのはあります。

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中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

村井満

むらい・みつる/1959年8月2日生まれ、埼玉県出身。日本バドミントン協会会長、ONGAESHI HoldingsCEOなど実業家として活躍。5代目Jリーグチェアマン。
早稲田大法学部を卒業後、83年にリクルートに入社。
2000年、人事担当執行役員。04年~11年、リクルートエイブリック社長など歴任。08年にJリーグ理事、14年1月チェアマンに。著書に『天日干し経営: 元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した』(東洋経済新報社)などがある。

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