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【中村憲剛×横田真人対談 後編】 人を見て選択肢をどれだけ与えられるか? 理想とするコーチング論 

ピンチはチャンス! チャンスはチャンス!

横田 
サッカーは監督が考える戦術に選手が合わせていくじゃないですか。でも陸上は、個人として速くなればいい。だから選手としては「この指導者、本当に自分を速くしてくれるのかな?」という思いまずあるわけです。トレーニングメニューを指導者が決めるので、自分のアスリート人生を預けることになる。つまり、「この人なら預けてもいい」と思ってもらえる人間じゃなきゃいけない。

中村  
横田さんに人生を預けたいと思う選手が多くいるってことですよね。

横田 
全部預けられると困っちゃいますから、それくらいの気持ちということで(笑)。でも、コーチは競技の勉強は常にきちんとやっていなきゃいけないし、競技だけにとどまらないで外の世界も持っていなきゃいけない。現役時代にコーチにはそうあってほしいという思いがあったので、そのときの自分が常に今の自分をジャッジしているような感覚です。だから選手たちが僕のことをどう見ているのかって不安で。卜部にも「僕のこと嫌いにならないでね」と伝えています(笑)。

中村  
新谷選手からは当初、トレーニングメニューを預けてもらっていなかったとか。それが今では横田さんがメニューをつくっているんですよね。

横田
(預けてくれたことは)うれしかったですね。ただ今では、もうちょっと自分でも考えてみてよとは思いますけど(笑)。一緒に考えようよって。

中村  
信頼されている証拠でしょう。

横田 
僕は良くも悪くも結果主義。結果が良ければ、そこの過程、ようはHOWの部分は別にどうだっていいんです。ただただ速く走ることができればいいし、(求める結果に)たどり着ければいいだけなので。よく足が速くなるためのメソッドはないですかって聞かれることがありますけど、「メソッドなんかないです。だって人によって違いますから。以上」で終わります(笑)。
新谷が求める結果、卜部が求める結果はそれぞれ違うし、そもそもコーチの僕が「こうじゃなきゃいけない」みたいな考えを持つこと自体おかしい。ただ、陸上界をこうしたい、ファンをもっと大切にしたいといった根底の理念やバリューが共有できないんだったら、うちでやらなくていいとは伝えています。

中村  
指導者が2つ、3つ複数の選択肢を提示してあげて、そこから自分が目指す結果に到達できればいいっていう考え方ですよね。日本代表で指導していただいた(イビチャ・)オシムさんがまさにそうでした。僕の幅を広げようとしてくれているのがわかるから信頼を置くことができる。指導者は勉強しなくちゃいけないと横田さんが言ったように、オシムさんは夜な夜な欧州サッカーを観て、新しい情報をインプットされていました。
知らない世界を選手に見せてあげることもとても重要なこと。そして陸上界を変えていこうっていうバリューがあっても、コーチとしての力量がないと選手は集まらないと思うんです。その2つがセットになって横田さんの魅力になっているんだと感じますね。

横田 
結果が最優先事項であることは選手にも対外的にも伝えています。

中村  
選手の結果がついてくることで、横田さんがいろいろとやっている活動も分厚くなってくるとは思います。フロンターレはそこが逆のパターンでした。ファン、サポーターを意識した活動や社会貢献活動のほうがより大きく見られて、実際にはなかなかタイトルが獲れなかった。それが2017年のJ1初制覇によって昇華されて、今は両輪がしっかり動いている時期。それでもうまくいかないときがやがて来る。僕はそのときこそチャンスだと思うんですよね。ピンチはチャンスだし、チャンスはチャンスなので(笑)。

横田 
うわっ、メッチャいい言葉ですね。

中村  
2019年11月に左ひざ前十字靭帯損傷の大ケガを負ったときも、その瞬間は落ち込みました。でも翌シーズンで引退することは心に決めていましたから、逆に自分の道が見えたなって前を向くことができました。つまるところ、ピンチだと思われる局面に立った時にそれをどう捉えるかなんですよ。ピンチと思うのか、チャンスと捉えるのか。

横田 
そうなんですよね。僕はうざいっていうくらいポジティブです。だから選手がネガティブになっても、僕はそうならない。一緒にネガティブになっても、何か生まれてくるものがあるわけでもない。そこはコーチとして向いているのかなと思えるところです。

中村  
横田さんみたいな指導者が、スポーツ界全体に広がるといいですね。僕も今日、横田さんから刺激をいただきました。

横田 
こちらこそ憲剛さんと話ができて、本当にいろんなヒントをいただきました。卜部にしっかり自慢しておきます(笑)。

【ケンゴの一筆御礼】

面識のない方との対談は連載では初めてでした。こう見えても“初顔合わせ”は緊張してしまうタイプなので、横田さんのインタビュー記事など資料を読んで、きっとこういう考え方の人なんだろうなとイメージして臨みました。実際にお話をしてみたら、まさに想像していたとおりの人。日本を代表するトップ選手のみなさんが信頼を置く理由もわかったような気がしています。陸上とサッカー、競技性はかなり違います。それでも横田さんの取り組みや指導法には、相通じるものがありました。これからの陸上界の進化、僕も楽しみにしています!

次回は1月8日(土)配信予定。お楽しみに!
(取材時は感染対策を徹底し、撮影時のみマスクを外しています)

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中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

横田真人

よこた・まさと●1987年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。
富士通を経て、現在はTWOLAPS TRACK CLUB代表として活躍。陸上男子800メートル元日本記録保持者。日本選手権6回優勝。2012年ロンドン五輪で日本人44年ぶりに800メートル出場。同年渡米しサンタモニカトラッククラブで2年間の競技生活を送る傍ら、米国公認会計士試験に合格。16年、現役を引退。

公式ツイッター@MASATO_800
公式HP■TWOLAPS

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