よみタイ

美容院探しとヘアスタイル

 そこは中年の女性オーナー一人でやっている店で、行ってみるとこちらの素性などはほとんど聞かないので通うことにした。今から五、六年前のことである。そのときはショートカットだったのだけれど、そこでカットしてもらうようになってから、やたらと毛先が跳ねるようになった。彼女が毎回、
「どうでしたか」
 と聞くので、
「あちらこちらが跳ねるのが困ります。癖があるので、多少はそうなるのですけれど、前にはこういうことがなかったので」
 といった。自分も歳を取っているから、髪質も変わってきているのは間違いない。彼女も私の髪の毛の現状を見て、対処してくれていたのだろうが、店を出たときはちゃんと収まっているのに、家で髪を洗うと跳ねる。それも困った感じで跳ねるのである。私には珍しく、洗うたびにブローもしてみたが、改善されなかった。面倒くさがりなので、「洗う、乾かす、おしまい」で済むヘアスタイルが理想だった。それでも行くたびに、こちらの気になるところを、改善しようとしてくれていたのはわかった。が、何も記録を残していないのか、彼女の記憶が薄れてしまうのか、行くたびに何度も同じことを話さなくてはならないのがいやだった。
「ひと月前に同じことをいったんですけれど。覚えていないのですか。客のカルテなどは作っていないんですか」
 などとはいえず黙っているしかなかった。
 店内の一部の棚にほこりが溜まっていたり、カーテンの隙間から見えた、物置にしている場所が、とても汚れていて、そういった部分には無頓着な人のようだった。店に他の人の目があれば指摘もできるのだろうが、一人だと見慣れてしまって、何とも感じなくなってしまうのだろう。
 あるときシャンプーで勢いよく頭を揺らされて、くらくらしてしまったので、それからはカットだけをしてもらうようになった。カットの前にケープをかけられるけれど、そのケープに私の前にカットした人の髪の毛がびっしりとついていたときには、思わず彼女の顔を見てしまった。彼女は、「はっ?」という顔をしていたが、私が露骨にケープの下から、くっついている髪をふるい落としたので、どういう状況だったかわかったと思う。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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