よみタイ

外ネコ探しとテラスの足跡

 こんな私なので、あまりにネコの登場を渇望するあまり、空耳アワーになっている可能性もあるので、
(本当? ネコ? ネコなのかな)
 と首を傾げながら、そしてなるべく足音をたてないように、すり足の早足で庭のほうに向かった。そしてそーっとカーテンの陰から見てみると、何と、マンサクの木の根元で、白とキジ柄のネコさんが、のんびりと和んでいるではないか。
(い、い、いたああ、いたああ)
 興奮状態になりながら、これは友だちに報告しなければと、スマホが放置してある場所まで、再びすり足の早足で往復し、ガラス越しに撮影したが、うまく撮影できなかった。もうちょっと顔がよく見られるようにと隣の部屋に行き、そこの窓から何とか姿を撮影できた。声をかけて逃げられると困るし、かといって過剰に接触はできないしと、じーっと窓から見つめていたら、気配に気がついたのか、その子が私のほうを見上げた。逃げるかなと思ったら、彼はまばたきをして、
「おう、お前がここに住んでるのか」
 というような態度で私をじっと見た後、何事もなかったかのように横を向いて、のんびりと手足を投げ出した。そしてまた、
「あうー」
 と鳴いた。斜め上に向かって鳴いたので、明らかに私に向かって鳴いたものではなく、さきほどの声も室内にいる私を呼んだものではないとわかった。
 もう一度、隣の部屋に移動し、ガラス戸にはりついて観察してみると、耳の後ろの毛が少し抜けていて、皮膚病に罹っているようだった。ほどよく汚れている体全体の感じから、飼いネコではない。TNR(飼い主のいない猫を捕獲し[トラップ]、不妊手術をし[ニューター]元の場所に戻す[リターン]取り組み)もされておらず、保護活動をしている方たちから逃れているようだった。しかしはじめての人間を見ても、動じないところといい、余裕で和んでいる姿といい、このあたりでお世話になっているのは間違いなさそうだ。御飯やおやつは遠慮なく何でもいただくけれど、体には触らせないといった性格のようにみえる。このあたりはマンションよりも戸建のほうが多い地域なので、飼いネコではないけれど外ネコでもない、通いネコ方式でこれまで生きてきたのかもしれない。年齢は八歳から十歳といったところだろうか。
 耳の後ろの肌荒れと毛が抜けているところを治してやりたいけれど、何もできないのががゆい。まあそれが、外ネコでは仕方がないことといえばそうなのだが。あの態度は明らかにボスネコなので、ボスと名付けた。だが他に外を歩くネコを見ていないこともあり、彼がボスの座に鎮座するほど、周辺に手下のネコがいるのだろうかと心配になった。私の知らないところで、手下たちが集まっているのかもしれないし、ボスにとっては住宅街の人間たちが手下なのかもしれない。
 どちらにせよ、ネコがちゃんと棲息しているのがわかって、本当によかった。すぐに伸びる雑草を取りつつ、失礼がない程度に隣家の庭を隅から隅まで見ては、ボスが現れないかと楽しみにしている。濃厚接触はできないが、彼が来てくれたおかげで、やっと私はこの場所に落ち着けた気がしたのだった。

次回は11月23日(水)公開予定です。お楽しみに!

群ようこさんの好評既刊!

「しない生活」だからこそ見えた、大切なこと、やりたいこととは……。

編み物、動画鑑賞、新聞購読、掃除、読書、マスク作り……いくつになっても、家の中でも、近所でも。喜びや楽しみは、いつでも見つけられる。
彩りに満ちた日常をめぐるエッセイ集。

『今日は、これをしました』の詳細はこちらから

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事