よみタイ

外ネコ探しとテラスの足跡

 ひと月ほどして、大家さん宅の庭の工事は終了した。また来てくれるかなと、毎日、期待していたが、足跡はついていなかった。前日に雨が降っても翌日も止まないと、足跡が残らないし、晴れの日続きでも、来たかそうでないのか、わからないのが困る。
 朝起きてシャッターを開けて確認、昼間に確認、夜、シャッターを下ろす前に確認と、日に三度はネコの足跡、存在を確認するのを忘れなかった。ネコは習慣の動物なので、ルートを決めるとだいたいそこをパトロールして歩く。その一か所としてうちが選ばれて、きゃーっ、という感じなのであるが、いつそのネコの姿を見られるのかと待ち遠しくてならなかった。
 いつになったらまた来てくれるのだろうと待ちくたびれそうになった矢先、五月の連休明けからしばらく経って、また足跡が残っていた。前と同じ感じでついていたので、また雨上がりのときに、うちで休んでくれたらしい。
「やったあ、来たあ」
 朝、シャッターを開けて、足跡を見たときの喜びは何ともいえなかった。またすぐに友だちにLINEをしたら、彼女も、
「次は姿を見たいね」
 と喜んでくれた。それから何度も何度もテラスの上に残っている足跡を見ては、にんまりと笑っていた。この足跡を眺めるのが幸せだった。なるべく雨が降らないようにと願っていたが、もちろん雨は降るので足跡は消えてしまった。
 そして姿を見ないまま夏がやってきた。あんな毛皮を着ているヒトは、こんな猛暑では深夜に歩くのも辛かろう。うちには立ち寄ってくれなくてもいいから、そのまだ見ぬネコがただ無事でいてくれればいい。猛暑が続くと、飼われているお宅からは出る気にはならないだろうとか、外ネコだったらちゃんと涼しいところで過ごしているのだろうかとか、心配になった。ゲリラ豪雨になると胸が痛み、どこかの雨が降り込まないガレージの隅にでも、避難していますようにと願ったりした。
 そして私が引っ越してきてからほぼ一年という日の午前中、洗面所を掃除していたら、外から、
「あうー、あうー」
 というネコらしき鳴き声がした。しかし私は以前から、空き地の隅にレジ袋が転がっているのを見て、白ネコがいると勘違いしたり、赤ん坊の泣き声や何かがきしんだ音をネコの鳴き声と間違えたりしては恥をかいていた。いちばんひどかったのは、二十年ほど前、近所の路地を歩いていたときのこと。民家の門の奥から、かわいい鈴の音が聞こえてきた。私は、
「あっ、ネコが出てきた」
 とうれしくなって、門の横にしゃがんで、
「おいで、かわいいお顔を見せて」
 と声をかけながら待っていたら、やってきたのは、その家に配達に来た、いかついすし屋のおじさんだった。私が聞いたのは彼の持っている財布についていた鈴の音だったのである。不審な顔をしている彼からゆっくり目をそらし、私はしゃがんだままカニ歩きをして、地べたに落とした何かを探すふりをして、そーっとその場を去ったのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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