よみタイ

外ネコ探しとテラスの足跡

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第8回 外ネコ探しとテラスの足跡

版画:岩渕俊彦
版画:岩渕俊彦

 二〇二一年に引っ越した今の住まいは、環境ともどもとても気に入っているのだが、いちばんの不満は、引っ越し以来、外を歩いているネコを一匹も見ていないことだった。静かな住宅街だし、近くには小さな公園や緑道もあるので、ネコの一匹くらいいてもいいはずなのだ。目の届かない公園の奥の藪にいたのかもしれないし、ネコが通り過ぎた後に私がその場所を歩いたのかもしれないけれど、これまで近所を歩いた限りでは、尻尾すら見られなかった。
 飼いネコを見送って以来、ネコに触れる機会が皆無になった私は、もちろんネコカフェというものがあるのは知っている。住んでいる場所の最寄り駅前にもあるのもわかっている。たまにその前を通ると、かわいいネコの写真がたくさん貼ってある看板を、じーっと見つめたりはする。外ネコを保護して病気や事故から守るという現在の考え方に反しているかもしれないが、私は町中で自由に歩いているネコを見たいのである。
 ずーっとこのことだけがひっかかっていたのだが、今年の三月、朝起きていつものように庭に面したシャッターを開けると、テラスにネコの足跡がくっきりと残っているではないか。足跡をたどると、隣家の庭のほうからやってきて、匂いを嗅いだのか、テラスに置きっぱなしの庭履きサンダルの近くに寄り、テラスの角の寄りかかれるところに、ぐるぐると回ったような足跡がいくつも残っている。どうやらそこにしばらく座っていたか寝ていたかしていたようだ。そして道路の方向へ足跡が続いていた。前日の夜から明け方にかけて雨が降り、土がれていたので足跡がくっきりと残っていたのだ。
「ネ、ネコさんがいたあ!」
 この地域に外ネコはせいそくしていないのではないかと心配していたが、ちゃんといたのである。
 私は驚喜して、すぐにネコ好きの友だちにLINEを送り、足跡があったと説明した。すると彼女も、大喜びするおじさんのLINEスタンプと共に、「姿が見られるといいね」と返してくれた。毎朝、供えている花の水を替えるときにも、しいに、
「ネコさんが来てくれたよ」
 と報告した。きっとしいは私がそういっても、
「あたしには関係ないもん。あんた何を浮かれてるの」
 と何の感動もなく、冷ややかにあちらの世界から見ていそうだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おネコさま御一行 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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