よみタイ

着物の手入れとセルフレジへの当惑

 スムーズにはいかなかったけれど、機械相手の支払いを経験した翌日、久しぶりに少し遠くまで散歩をしようと、歩いたことがない道を選んで歩いていった。するとそろそろ折り返そうかと思ったところに、大きなスーパーマーケットがあった。どんな店なのかと興味が湧き、あちらこちらを見回しながら、野菜や果物を数点カゴに入れてレジに並んだ。すると何とこの店のレジはすべて、レジ係が商品の価格等を読みとり、支払いは客が行う、セミセルフレジだったのである。
(どうしよう)
 胸がどきどきしてきた。まさかカゴを置いて逃げるわけにもいかないし、たまたま入った店のレジがこれしかないなんてと、自分の運のなさにがっかりした。それぞれのレジカウンターの後ろには二台、あるいは三台の精算機が設置してあってナンバーがつけられている。うまくできるだろうかと心配しながら、レジの店員さんの読みとり作業が終わるのを待っていると、
「12番のレジでお願いいたします」
 とその機械の横にカゴを置いてくれた。クレジットカードで支払ったほうがよさそうだと判断し、カードが入りそうなところがあったので、そこに突っ込んだら紙幣の挿入口だった。あわてて画面を見ると、支払い方法を選べとあるが、カードをどこに入れるのかわからないのだから、決めることができない。あせりながら見回した結果、左側の下に挿入口があるのを発見し、画面の「カード支払い」を押し、そこにカードを入れて、金額を確認。レシートとカードが出てきて、無事、精算は終わった。するといちばん遠くにある1番レジに、
「ちょっとお、わっかんないよ、これ」
 と大声で怒鳴っているおじいさんがいて、店員さんがあわてて走っていった。何十年もの間、お店の人に直接お金を渡す方法で物を買っていたのに、突然、こんな機械を使えといわれたって、高齢者が最初から簡単に操作できるわけはないのだ。
 その何日か後、近所のオーガニックの食材を売っている店に行ったら、ここもセミセルフレジだった。現金やカードの挿入口など、それぞれ統一してくれればいいのに、機械ごとに違うのが困る。この店でのカード挿入口は、機械の左上にあった。こういった機械に出くわすたびに、いちいち確認しなくてはならないのが面倒くさい。しかし文句はいいながらも、半衿つけなどもそうだが、その面倒くさいことをし、覚えるのが、前期高齢者の脳には必要なのかもしれないと考え直した。
 日常的には、半衿のつけ方を覚えるよりは、セルフレジの操作の仕方を知っているほうが、ずっと役に立つ。次にチャレンジするのは、セルフレジである。これがクリアできれば、今後、どんな店に入っても、支払いに関しては怖いものなしだ。ただし最新型の機械に出くわしたらお手上げなので、また一からやり直しになるのだが。優しい店員さんが見守ってくれているセルフレジの店があったら、ぜひやってみたいと、最近はレジが気になって仕方がないのである。

*次回は7月27日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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