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秘密の買い物とパールのネックレス

 若い頃につけていたフェイクパールは、気がついたときには球のコーティングが剝げてしまって、処分するしかなかった。値段の割にはよく働いてくれた、お買い得のネックレスだった。その後、三十代後半になって、本物のパールネックレスを買った。
 デパートの売り場に行って、ネックレスを見せてもらって、
「これ、ください」
 といったら買えると思っていたのに、目の前に、
「そんなに?」
 といいたくなるほど、パールが長い糸につながっただけのものを、何列も並べてくれた。
「パールはひと粒ひと粒色が違うので、似通った色を集めて糸を通しておくのです。お客様の好みの球の大きさ、色、長さがお決まりになったら、ネックレス用の新たな糸を通して、留め金をつけてお納めします」
 といわれた。
 グレーのベルベットの浅いトレイにずらっと並べられたパールは白のなかに黄みがかったもの、ピンクがかったもの、ブルーがかったものなど、ひとことではいいきれない色の差があった。天然のものなので、色が一律にならないのも当然なのだった。生まれ持った肌に対してイエローベース、ブルーベースという分け方があるが、イエローベースの人は、やはり黄みがかった色が顔映りがいいのかもしれないとそれらを眺めていた。
 そのときに一本、フォーマル用に買い求めて、一、二度使ったけれど、そういった席には着物で出かけるようになったので、使う機会がほとんどなくなり、年下の友だちにあげてしまった。次に四十歳になった記念に、黒のバロックパールのネックレスを買った。バロックは形が均一ではないのでカジュアルに使えるし、ネックレス自体はとても気に入ったのに、つけてみるといまひとつしっくりこなかった。そして数年前、とても小さい白蝶貝のバロックパールのネックレスを見かけ、重ねづけできる白とグレーっぽいものを二本購入した。Tシャツにもセーターにも合うので出番が多い。私にはきちんとした形が整った球よりも、そうでないもののほうが似合うのもわかった。
 毎日、アクセサリーをつける習慣がないので、他人にどう見えているかはわからないけれど、いざつけようとすると、どうも顔になじまない。これもふだんから親しんでいないと、身につかないようだ。ただ若い頃よりも、イミテーションではないものが似合うようになってきたような気はする。
 黒のバロックパールのネックレスを購入したときに、ものすごく必要というわけではないのに、買う必要があったのだろうかと後悔しなかったわけでもなかった。しかしそれから二十数年経過して、やっぱりあのときに買っておいてよかったと思っている。その間、特に何かに関して努力した自覚はないし、買ったときよりも歳を重ね、明らかに顔が老け、たるんできたけれど、最近はバロックパールのネックレスをしても、違和感がなくなってきた。やっと天然パールの静かなパワーに見合う自分になったということだろうか。これから先は何十年もないけれど、パールのアクセサリーをカジュアルに楽しんでつけていきたいと考えている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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