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斬首、殴打…彼女たちはなぜこのような行為に出たか 第8回 ファム・ファタル(宿命の女)というレッテルを貼られた女性たち

 エヴァに課せられた破滅を導く女というこのイメージが、神話とクロスオーバーした作品がある。十六世紀フランスの画家ジャン・クーザン(父)の〈エヴァ・プリマ・パンドラ〉(一五五〇年以前)である。画面の前景に草木の生えた洞窟内が描かれ、開口部から望む遠景には青くかすむ都市の姿が浮かび上がる。暗がりに優雅に横たわる白い裸体は、柔らかさと硬質さを併せ持っているようだ。物憂げな横顔を見せる女性の正体は、エヴァでもありパンドラでもある。頭上の銘板には、「かつてパンドラであったエヴァ」という意味を持つこの作品のタイトルが記されている(1)。
 ギリシャ神話に登場するパンドラもまた、人類最初の女性と位置づけられている。天上から火を盗んだプロメテウスへの復讐に、鍛冶の神ヘファイストスの手で、美しき災厄としてパンドラが創り出された。神々から祝福を授かると、彼女はプロメテウスの弟エピメテウスのもとに送り届けられた。神の贈り物を受け取ってはならない、という兄の忠告を忘れ、エピメテウスはパンドラを妻とする。しかし、彼女が天上より持参した箱には、この世のあらゆる災禍が詰め込まれていた。それをパンドラ自身が開けてしまう。あふれ出した不幸は地上を覆い、ただ希望だけが箱の中に残ったとされている。
 人類に災厄をもたらしたという共通項のため、初期キリスト教時代にエヴァとパンドラは対として扱われるようになった。クーザンの絵の中で、この二人の女性が重ねられることにより、両者のアトリビュートが混在することとなった。女性の左手が押さえる、ランプめいた形状の白い壺がパンドラの箱であり、中から出てきて腕に巻きつく蛇は、エヴァを唆す存在をほのめかしている(2)。そして、林檎(知恵の樹の実)が二つ付いた枝を右腕に抱え、その腕を髑髏の上に載せていた(3)。蛇や林檎はエヴァと関連する要素であると同時に、壺に封じられていた災禍をも暗示しているのだろう。髑髏もまた二重の意味を帯び、メメント・モリ主題に典型的なモチーフと、エヴァがもたらした死を意味している。この二人が溶け合わさった女性は、官能的な美しさに満ちつつも、死の香気を漂わせているのだ。

ジャン・クーザン(父)〈エヴァ・プリマ・パンドラ〉1549年頃 フランス、パリ〔ルーヴル美術館〕
ジャン・クーザン(父)〈エヴァ・プリマ・パンドラ〉1549年頃 フランス、パリ〔ルーヴル美術館〕
〈エヴァ・プリマ・パンドラ〉(1)作品のタイトル(2)パンドラの箱と蛇(3)林檎と髑髏
〈エヴァ・プリマ・パンドラ〉(1)作品のタイトル(2)パンドラの箱と蛇(3)林檎と髑髏

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 美しい女性がもたらす死というイメージは、同じ聖書の中の対照的な二人の女性、ユディトとサロメにもみられる。旧約聖書外典『ユディト記』に登場するユディトは、ベトリアに暮らすユダヤ人の寡婦である。ある時、町がアッシリア軍に包囲され、ユディトは侍女と共に敵地に乗り込み、将軍ホロフェルネスのもとに赴いた。酒宴で彼を誘惑し泥酔させた後、ホロフェルネスの首を剣で切り落とし、その頭部を携えて町へ戻った。これを機として、ベトリアはアッシリア軍を破り、解放を手にしたという話である。特に、国家間の争いの多かったルネサンス期に、この救国の女性の主題は人気があり、数多くの作品が生み出された。十七世紀イタリアのアルテミジア・ジェンティレスキは、聖書のユディトを最も真に迫る描き方をした画家ではないだろうか。彼女の〈ホロフェルネスの首を斬るユディト〉(一六二〇年頃)は、英雄ではなく一人の女性の内面を浮かび上がらせている。光と影の効果や殺害場面の生々しいまでの劇的な演出により、聖書という枠組みを忘れさせてしまうほどの心理的な臨場感が生み出されている。

アルテミジア・ジェンティレスキ 〈ホロフェルネスの首を斬るユディト〉1620年頃 イタリア、フィレンツェ〔ウフィッツィ美術館〕
アルテミジア・ジェンティレスキ 〈ホロフェルネスの首を斬るユディト〉1620年頃 イタリア、フィレンツェ〔ウフィッツィ美術館〕

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石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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