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老婆か妖婦か。激しい魔女狩りが起こった理由とは 第6回 社会の害悪の象徴として描かれる魔女

西洋絵画を鑑賞するとき、私たちはどこを見ているでしょうか。
全体の雰囲気、色使い、モチーフ……さまざまなアプローチがありますが、細部の意味や作品世界の背景を知れば、より深く絵画を味わうことができます。
古代ギリシャ・ローマ神話、キリスト教、聖母、聖書の物語世界、寓意、異端、魔女……画家が作中に散りばめたヒントに込められた意味とは。
小説執筆と並行して美術研究を重ねる、芥川賞作家の石沢麻依さんによる西洋絵画案内です。

第6回 社会の害悪の象徴として描かれる魔女

 台所の扉を開けた途端に、頭の上に魔女が降ってきた。軽くぶつかって床に落ちたそれは、余裕綽々しゃくしゃくと言わんばかりの黒っぽい笑みを浮かべている。黒い帽子からはみ出す灰色のもつれた髪、異様なまでに曲がった鷲鼻と歯の抜けた口、皺が刻まれた干からびた革のような肌、炯々けいけいと鋭い目つき。端切れを寄せ集めたとおぼしき服をまとい、ほうきに乗っている。友人の家を訪ね出くわしたのは、童話から抜け出したような姿の魔女人形だった。以前ゴスラーを訪れた時に、土産物屋の前に同じような人形が鈴生りにぶら下がっているのを目にしたことがある。その混み具合は、空中で大渋滞を起こしているかのようだった。この魔女人形は、台所を守る精霊的な役割もあるとのことだ。そこで、見慣れぬ訪問者である私に警戒して、頭にぶつかってきたのかもしれない。
 ドイツのハルツ地方には、今も魔女の言い伝えが残されている。ブロッケン山の麓にある街では、ゲーテの『ファウスト』でも馴染み深いヴァルプルギスの夜が祝われている。四月三十日の夜、魔女たちは箒やたらいに乗って空を飛び、ブロッケン山の頂で開かれるサバト(夜宴)に参加する。その伝説に従い、四月末日ゴスラーを含むその一帯の街に、魔女の装いをした人たちが集まり祭りが催される。黒い服やとんがり帽子、箒や老婆のお面などを身に着け、街中を練り歩いて祝うらしい。
 今や魔女は一つの記号としてすんなり受け入れられているが、そこには長い時間をかけて煮詰められたような否定的なイメージが折り重なっている。中世以来、魔女は教会に反するものとみなされ、共同体に害をなす存在として疎まれてきた。飢饉ききんや疫病がはびこる時代だからこそ、すべての不運が魔女という存在に着せられてゆくことになる。作物をだめにする自然災害や原因不明の病、新生児の死、そして男性の性的不能までもが、魔女の操る妖術によるものとされ迷信は広がってゆく。助産婦など民間治療を行う女性たちに備わった薬草や医療の専門知識は、妖術というレッテルが貼られやすい状況でもあった。やがて、一四八六年に出版された『魔女の鉄槌てっつい』において、魔女は悪魔と契約を交わし、その結果特別な力を有していると定義されたのである。後に魔女狩りのテクストともなるこの書物の内容は、芸術家によって視覚的なイメージへと翻訳されてゆくのだった。さらに活版印刷技術の発展により、魔女像は版画を通じて普及してゆくことになる。その中で、魔女たちは大釜で薬の調合をし、天候を操り、牝牛に魔術をかけて牛乳を盗み、空中を飛んでサバトへ向かう。そして、そこには悪しき所業を強調するかのように、悪魔や魔物の姿も見られる。

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新刊紹介

石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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