2020.9.18
訪朝歴アリ! 作家・万城目学が観た『愛の不時着』 韓流ドラマにおける最強「壁」理論
韓流ドラマにおける最強「壁」理論
確かに、私は北朝鮮を訪れた。
されど、それはもはや9年前の出来事であり、『愛の不時着』で描かれる北朝鮮の様子に、自分が得た実感、体感とはどうも異なるところがあっても、「現在の北朝鮮」を知らない以上、しょせんは古い主観をもてあそんでいるだけになるやもしれない。
それでも、「北朝鮮を実際に見た」というカードはそれなりの強さを持つはずだ。
3年前、ソウルで読書イベントを開催する機会があり、イベント後、韓国人の作家や編集者のみなさんと食事をごいっしょした。その席にて、現地参加組からの爆発的な反応を得たのが、
「そう言えば、俺、北朝鮮に行ったことあるっす」
という私のひと言であった。
その場にいた全員がいっせいに、
「うえぇぇぇえええ!」
と奇声を上げた。
「ど、どうやって、北朝鮮に行ったのか。マジか、それ?」
口々に放たれる驚嘆の言葉を目の当たりにして、そうか、韓国の人々にとって、よほど特別な職種を除き、北朝鮮とは決して訪れることができない場所であり、同じ民族であるがゆえに、逆に最も遠い国になってしまっているのだ、と改めて理解した。ソウルから車でわずか1時間のところに、軍事境界線と共同警備区域(JSA)で有名な板門店があり、さらにそこから2時間で平壌に到着してしまう距離であっても――。
その席で韓国サイドから、北朝鮮についてあれこれ質問され、「出てくるごはんが全部、おいしかった」と答えたら、妙にみなさん納得されていた。一方、私が強く覚えているのは、韓国におけるイケメン事情であり(参加の韓国人作家、編集者はみなさん女性だった)、キャリアの絶頂期に立ち塞がる徴兵制という宿命、どれほどピチピチとしたスターであっても、兵役を終えて復帰すると、まだ二十代後半でも「おじさん」扱いされるというシビアな現実を教えられ、たいへんだなあ、と知り合いでも何でもない韓流スターたちに、いたく同情心を抱いたものである。