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訪朝歴アリ! 作家・万城目学が観た『愛の不時着』 韓流ドラマにおける最強「壁」理論

 さて、『愛の不時着』である。
 NHKで放送されていた『冬のソナタ』『美しき日々』にハマって以来、実に16年ぶりに鑑賞する韓流ドラマだった。
 もちろん、その間、韓国映画はたくさん観ることはあったが、ドラマとはすっかり疎遠になっていた。そんなところへ突如、訪れた『愛の不時着』のビッグウェーブ。逃さず乗ってみたところ、これが噂に違わず、実におもしろかったわけである。

 韓流ドラマ――、特に恋愛ドラマに関し、「これは日本はかなわないな」と懐かしき冬ソナ・ブームの時点で降参したことがある。
 それは「壁」の作り方の巧みさだ。
 恋愛ドラマのかなめとは、いかに愛する二人の間に「壁」を設置するかだ。「壁」というのはすなわち、恋愛が成就するまでの困難の度合いと置き換えられる。壁を乗り越える苦労が多いほど、ゴールにたどり着いたときのよろこび、それを見守る視聴者の満足感は高くなる。
 この「壁」の構築に際して、韓流ドラマが誇る最強のカード――、それは「家」である。
 どれほど愛し合う二人の気持ちが通じていても、所属する「家」がその交際を認めようとしない。「家」ゆえに、子はそれを破壊することもできず、困難を前に二人はなすすべなく立ちすくむばかり。さらにこの「家」をより効果的に作用させるため、どちらかの家が超金持ちであったり、家柄がよかったりと格差を強調することで、自由恋愛と封建制度(家父長制)という相容れぬ価値観を容赦なく競わせ、若い二人をきりきり舞いさせる。そこへ切ないバラードが流れ、主人公は車道を革靴でひた走り、ヒロインは突然の病に倒れ、いよいよドラマは盛り上がっていくのである。

恋愛ドラマが直面する「壁」作りの難しさ

 ひるがえって、日本で恋愛ドラマが近年、一気に下火になった理由として、私がいちばん感じるのは、この「壁」の構築がどんどん難しくなっていることだ。
 
 たとえば東京で一人暮らしをする男女が互いに恋に落ちる。
 自活しながら健気に生きる二人の間に、強固な「壁」はなかなか姿を現しづらい。便利になりすぎたコミュニケーション・ツールのおかげで、若い二人は簡単にスマホで連絡を取り合い、好きなときにデートし、タイミングよきところでこれからの未来の道筋を決める。常に二人の自由意志が優先されるので、かつてのトレンディ・ドラマのように、携帯を持たないがゆえのすれ違いも起こりづらいし、都会で自立して暮らす若者相手に「家」も存在をアピールしづらい。そもそも、この「家」を極力排除して、若者のみで構成されたおしゃれな都会の生活を描くというのが、日本の恋愛ドラマの進化の過程である。
 それゆえか、最近の恋愛ドラマの工夫として、本来はゴールであった「結婚」という制度を解剖し、そこをスタートにするパターンも多い。すなわち、偽装結婚、契約結婚、それに近い同居など、特殊な枠組みを最初に決め、その中で男女がどう動くかを描く。その枠組みが壊れないよう二人は行動し、互いの信頼に亀裂を走らせる原因を「壁」と設定する、という極めてテクニカルな物語が紡がれている。

 この点、韓流は強い。
 中央に「家」という巨大な壁をどんと置き、これを不動の4番に据えることで、「すれ違い」「難病」「記憶喪失」「過去の因縁」という強力打線を押し出してくる。
 ただし、何度も繰り返されると飽きがくる。
 打線の強さは承知するが、結局、今回も難病かよ、記憶喪失かよ、でも奇跡の回復でハッピーエンドかよ、となると、「もう、いいか」と食傷気味になるのも早い。実際に、私は『冬のソナタ』『美しき日々』『オールイン』『天国の階段』を観たあたりで、
「いつもチェ・ジウが同じ目に遭っている気がする」
「ラスト数話でいきなり炸裂する過去の因縁話はフェアではない」
「記憶を消すとか、戻すとか、もはやSFだろ」
 などと難癖をつけ、いつしか韓流ドラマから離れ、ジャック・バウアーが活躍する『24 -TWENTY FOUR-』を皮切りに、欧米発の海外ドラマへとすっかりと関心を移してしまった。

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新刊紹介

万城目学

まきめ・まなぶ
1976年大阪府出身。京都大学法学部卒業。化学繊維会社勤務を経て、2006年に『鴨川ホルモー』でデビュー。著書に小説『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』『バベル九朔』『パーマネント神喜劇』『あの子とQ』、エッセイ『ザ・万歩計』『ザ・万遊記』『ザ・万字固め』『べらぼうくん』『万感のおもい』などがある。
2024年、『八月の御所グラウンド』で第170回直木賞を受賞。

撮影:ホンゴユウジ

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