よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

うちのネコ、しいの旅立ちを見送る

 その夜、念のためにしいをトイレに連れていった後、一度寝たのだが、気になって寝付けずに、夜中の二時半に様子を見に行くと、しいは寝ていた。起きているつもりがうとうとしてしまい、五時前に起きたらそのままの姿で亡くなっていた。私はびっくりして、
「えっ、どうして」
 としかいえなかった。すぐにしいの体をぬるま湯とせっけんできれいに拭いてやり、バスタオルの上に置いた。なるべく暖房が影響しないように、家のなかでいちばん涼しいであろう北向きの玄関に背もたれのない椅子を設置し、上にそのバスタオルをのせた。冷蔵庫から保冷剤をかき集めてビニール袋に入れて、お腹のところにあてがい、しいの体の上に白地に白い花の刺繍がしてある、薄いハンカチをかけてやった。冷えが苦手な子だったのに、冷やさなければならないのがかわいそうだった。二十四個入りのネコ缶の箱を三段重ね、その上にしいが使っていた水飲み用の器を置き、しいが好きでよく匂いを嗅いでいたお香を焚いてあげた。
 供えてあげられる花もないので、取り急ぎ近所の生花店が開店したら買ってこようと、まだ混乱している頭でこの後の段取りを考えていた。お葬式のために動物霊園に連れていくときの、ひつぎがわりの容れ物も作らなくてはならない。悲しいというよりも、急にやらなければならない事柄が出てきて、あっけに取られたというほうが近かった。実際、しいが二十歳を過ぎてからは、毎日、覚悟をしていた。ネコを飼っている高校時代からの友だちが、
「高齢のネコはいったん体調を崩すと亡くなるまでが早いのよ」
 と教えてくれていたので、うちのネコもそうかもしれないなと感じていた。そしてその通りに、早すぎるくらいに早かった。呆然としているものの、それでも自分のお腹がすいてきたのが腹立たしくもあり、きちんと食べるものは食べないとと、いつもと同じように朝食を食べた。
 午前十一時の生花店が開く時間がきて、急いで花を、そして棺がわりの容れ物は家にあるダンボール箱を使うとして、そのままではまずいので、白い紙で覆うために百均にも寄って、白い模造紙も買ってきた。家に帰るのと同時に、しいの体調がいまひとつと知った友だちが、心配して家に来てくれた。
「しいちゃん、どう?」
 明るく聞いてくれた彼女たちに、
「明け方、急に亡くなったの。今、お花を買ってきたところなのよ。顔を見てやって」
 というと、二人は、
「ええっ」
 とびっくりして、あわてて家の中に入ってきた。
「早いよ、しいちゃん、どうしたの。早すぎるよ。どうしてこんなことになるの?」
 彼女たちは口々にいいながら、横たわっているしいをでてくれた。とにかく次はお葬式をしないといけないので、私が動物霊園に問い合わせてみると話すと、ありがたいことに二人は自分たちも一緒に見送るからといってくれたのだった。
 その動物霊園は、十六年前に友だちのネコがお葬式をした場所だった。そこに電話をすると、送迎は無料なのだけれど、車の手配の都合があって、車の空きが月曜日しかないといわれた。今の状態で亡骸を置いておくよりは、なるべく早く荼毘だびに付したほうがいいと、送迎は断ってこちらのほうで車を手配すると話すと、翌日の午後が空いていたので、個別の立会い方式で、納骨せずに返骨でと希望をいって、二時半を予約した。霊園に行くために、タクシーを予約しようかとも考えたのだが、お骨はまだしも、亡骸を乗せるのがいやな運転手さんもいるかもしれないと、ペットタクシーを頼んだ。
 それからは棺作りに追われた。寝ているしいの体の寸法を測り、本置き場にたたんで置いてある、入りそうな箱を探すと二個だけ見つかった。ひとつは白い箱でそれに入るのならば高さはぴったりだったのだけれど、長辺が四十五センチないと難しそうなのに、測ってみると三センチ小さい。
「ちょっと曲げられるかな」
 と亡骸をそっと触ってみたが、それは無理そうだった。
 しいの体が入る箱も、大きさはぎりぎりだった。深さを十センチまでカットし、箱の横にプリントしてある企業名が透けてみえないように、ガムテープを文字の部分に貼りつけた。模造紙に両面テープを貼り、何とか箱全体を白い紙で覆った。
「はあ」
 花も買ったし、急場しのぎではあるが亡骸を入れる棺もできたのでほっとした。どうして自分はこんな作業をしているのか、実感がわかない。しかし現実では何度も玄関に安置してあるしいのところに行って、
「明日、お葬式だからね」
 と声をかけて体を撫でてやっていたのだ。後ろに回ってみると、寝ている後ろ頭の形が妙にかわいらしかった。様子を見に来てくれた友だちは、供えて欲しいと白い菊の花とスイートピーを買って戻ってきてくれた。彼女たちに葬儀の日時を伝え、いつもしいを気にしてくれていた別の友だちにも連絡をすると、自分の車で霊園に行くから、帰りは送ってあげるといってくれた。早朝からばたばたしっ放しだったけれども、すべて決まってあとは翌日のお葬式に臨むだけだった。急いで作った白い箱の中に、しいが好きだったフェイラーのピンク色のタオルを敷き、亡骸を安置して、周囲を花で飾ってあげた。時間どおりにペットタクシーも来て、家を出るとき、私はしいの亡骸が入った箱を持っているのにもかかわらず、外出するときにいつもするように、室内に向かって、
「じゃあ、しいちゃん、行ってくるからね」 
 と声をかけて苦笑してしまった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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