よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

でも、編みたい

 この頃は、着る物を編む本格的な編み物からは遠ざかっていた。二〇〇八年の六月に母が病気で倒れ、それであたふたしているうちに、十一月には私の体調も悪くなってきて、お世話になった漢方薬局の先生に、
「疲労を軽減するために、一日にすることはひとつだけにしてください。今のように日中、仕事をして夜、編み物をするのはだめですよ。日中仕事をしたら、夜はちゃんと何もしないで休んでください」
 といわれた。それまでは日中仕事をして、夜に編み物や読書をしていたのだが、それをしないようにといい渡されたのである。
 最初はいいつけを守って、手元に毛糸があるとつい編みたくなってしまうので、持っていた着分の毛糸などは、すべてバザーに出してしまったのだが、体調が戻るにつれて、また編みたい気持ちが出てきた。そして小さいものからはじめようと、チワワを飼っている知り合いに頼まれて、その子のセーターをもちろん無償で編んであげたりしていた。小さいものなのですぐに編み上がり、自分のものではやらない凝った編み込みやフリルのついたデザイン、自分では手に取らないショッキングピンクや赤などの毛糸を試してみるなど、私もとても楽しめた。十着以上は編んだと思う。
 そんなことを続けていたら、やはり自分のものも編みたくなってきて、かぎ針編みでざくざく編める、透けた夏物ならばすぐにできるだろうと編んでみた。本のとおりなのでそれなりにかわいいものはできたのだが、体にあててみたら、
「は?」
 だった。本を見たときは、
「これくらいのデザインのものでも着こなせるかも」
 と思ったのだが、出来上がったらぜーんぜん似合わなかった。ほどくのももったいないので、若いお嬢さんだったら似合うだろうと、バザーに出した。
 冒険して失敗したので、時間を取る編み物をするのはしばらく休もう、短時間で編めるものをと考えて、編むのは靴下にした。昔の婦人雑誌の付録には、必ず靴下、羽織下、ズボン下などの、毛糸の肌着類の編み方が必ず掲載されていたが、家で編むよりも手間がかからず同じように暖かい市販品がたくさん売られるようになったので、そういった類の編み方はだんだん姿を消していった。
 当時でも国産では靴下用の毛糸はほとんどないといってよかった。しかし海外では靴下ばかり編む、ソックニッターという人たちがいて、その靴下がとってもかわいい。日本のように実用一辺倒ではなく、色や柄がポップで愛らしい。一度、ウール100パーセントの糸で靴下を編んだら、すぐに穴が空いてしまった。耐久性をもたせようと、ウールの糸にコットンのレース糸を引き揃えて編んだりもしたが仕上がりは今ひとつで、靴下を編むのは避けていた。しかし輸入品で靴下用のソックヤーンが売られているのを知り、買って編んでみたらはまってしまった。
 単色のものもあるのだが、ほとんどは段染めになっていて、メリヤス編みでただ編み進んでいるだけで、色が変わっていくのが面白く、三日くらいで編み上がるのもいい。私の好みからすると、どれも色鮮やかで、外国人仕様なので、ちょっと派手? と感じるものもあるのだが、家で履いているからそれくらいの色でいいのかもしれない。ただし私の編む手がゆるいので、一度履くとゆるゆるになってしまうという問題が起こった。洗えば元に近い状態には戻るのだが、ひんぱんに洗うものなので、できれば編み上がったときの状態をずっとキープしたいのだ。
 できるだけ細い針できつめに編もうとはしたが、それでも見本のものより目を減らさないと編み方どおりにはならない。ソックヤーン自体が細く、国産の針のいちばん細い0号針でもまだゆるくなるので、仕方なく輸入品の0号以下の針を買わなくてはならなくなった。本に書いてある目数、サイズはいちばんその毛糸に見合うものだと思うので、なるべく本のとおりの目数で編めるようになりたいと思っている。
 そして靴下を何足か編んで手が慣れてくると、また着る物を編みたくなる。編み物の本も毛糸と一緒に処分して手元にないので、書店で目についたものを買ってきて眺めているうちに、この冬はこれを着たいと思うものがたくさん出てきた。今は老眼にもなっているし、集中力も欠けてきている。でも編みたいのだ。
 最近は暖冬なので、昔のように厚みのあるセーターよりも、薄手で重ね着できるようなもののほうが便利がよさそうだ。自分の体型も若い頃からは変わってきているので、似合うものも変わっているだろう。昔、作った編み物の原型も作り直したほうがいいかもしれない。編むデザインの見極めを誤ると、作るために費やした時間が無駄になり、時間が大切な前期高齢者には大きな傷手になるから、似合う似合わないの間違った判断は二度としてはいけない。よくよく鏡の中の自分の姿を確認するべきなのだ。そう肝に銘じながら、この秋から冬に着る、三着分のセーターの毛糸と、夏の羽織物の下に着る、ノースリーブセーター一着分を買ってしまった。どれもシンプルな形だが、ちょっと編み地が凝っているだけでデザイン的に冒険はしていないので、今回は大丈夫だと思う。
 しかし仕事に時間を取られているため、編み物だけに一日を費やすのは難しい。スケジュール表を見ながら、この日あたりで、夏物のセーターは五センチくらい編めるかもとか、冬のセーターの裾のゴム編みくらいはできるかもと、それらを編む日を想像している。そしてそれだけでは足らず、部屋の隅の紙袋から発掘した、ソックヤーンの残り糸を集め、仕事をしながら一日三十分だけと決めて、ちょこちょこ編んでいるのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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