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酒井順子「言葉のあとさき」

「『気づき』をもらいました」

 感情を自らの中から湧きでたものでなく、他者から「もらった」ことにしたいという傾向の源泉をたどると、2011年の東日本大震災に行き着くのではないかと、私は思っています。大災害の後で、「被災地のために、少しでも何かをしたい」という気持ちになった、日本人。それぞれが自分のできる方法で被災地のことを思ったわけですが、そんな中でしばしば耳にしたのが、アスリートなどによる、
「一生懸命プレーをして、被災者の方々に勇気を与えたい」
 といった発言でした。
 震災後は、スポーツの試合やおんぎょくのステージなどについて、「この非常時に、そんなことをしている場合か」という自粛ムードが強まりました。しかしそんな中で、スポーツなり歌なり踊りなり、自分の役割を頑張って遂行し、良いパフォーマンスを見せることによって被災者の方々に元気を出していただきたい。‥‥との意を表明する人々が次第に増えてきたのであり、その時に「勇気を与えたい」的な発言が目立ったのです。
 特にアスリート達は、普段は主にスポーツのことを中心に考えて生きていますから、基本的にインタビューなどは苦手な人が多いものです。結果、何か汎用性の高い言い回しが発見されると、様々なジャンルのアスリートの間で一気に流行する傾向があるのですが(「試合を楽しみたいです」「次につなげます」など)、震災後はこの、
「勇気(もしくは元気、感動などの場合も)を与えたい」
 というフレーズが、おおいに流行はやることとなりました。「与える」というのは、立場が上の者が下の者に対して何かを授けることを言うのだがなぁ、などというまつなことはどうでもいいとして、とにかく彼等は、物資でも労働力でもないけれど、何かを被災地の方々にもたらしたいという気持ちを持っていたのです。
 この時、
「僕らは頑張ってサッカーをしますんで、その姿を見て元気を出してください」
 では、「元気を出すのも自己責任」という突き放したムードが漂い、両者の間は分断されてしまいます。そうではなく、アスリートと被災者の間に何らかの心理的なやりとりがあるという形をとりたいと思って、彼等は「勇気を与えたい」と言ったのです。
 勇気や元気を「与えたい」という発言に対しては、
「勇気をもらいました」
「感動をありがとう」
 というレスポンスが、戻ってきました。それは被災者からのみならず、震災によって鬱々としていた多くの国民が同様のことを思っていたのであり、勇気を謹呈することによって感謝が戻ってくるという贈答の図式が、あちこちで成立したのです。
 我々は、贈答行為を極めて大切にする国民性を持っています。誰かに何かをあげるのが大好きだし、何かをもらったら返さずにはいられない。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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