よみタイ

ハンバーグレシピの変遷から考える、家庭料理と「良妻賢母」思想

 さて、スポ根漫画も精神論も極めて苦手な生来のズボラだった僕は、大学進学を機に始めた自炊で、革命的なハンバーグレシピを発明しました。それは挽き肉を買ってきたパックのまま圧縮してフライパンにひっくり返し、塩コショウして焼くだけ、というものです。ちなみにこれは、落合つとむシェフのミートソースレシピに挑戦している時に最初のヒントを得ました。そちらのレシピでは、鍋底に広げた圧縮ハンバーグを粗くほぐしてから他の材料を加えて炒め、煮込みに入るということになるわけですが、ズボラな僕はその最初の段階で「今日はもうこれでいいや」ということにしたわけです。
 その後の長きにわたって、僕はそのズボラハンバーグを作り続けてきたのですが、正直それは常に後ろめたさと共にありました。単に簡単なだけではなく、みっしりと焼き固められたそれは、まるでステーキのように肉々しくてうまいと思っていましたが、こんな恥ずかしい料理は誰にも見せられないとも思っていたのです。家庭を持った後も、家族が全員留守、ないしは寝静まった後にしか作らない料理でした。今思えば、良妻賢母思想の亡霊に取り憑かれていたのは、他ならぬ僕自身だったのかもしれません。
 しかしその後、時代はついに僕に追いつきました(?)。手間も人気もトップクラスの家庭料理であるハンバーグは、時代とともに、いかにその手間を省くかということも重視されるようになってきたのです。玉ねぎは生のままでいい、とか、高野豆腐や麩を崩して混ぜたらあんまり捏ねなくてもいい、とか、煮込みハンバーグにするなら頑張って捏ねなくてもそう変わらないし焼き加減も適当でいい、みたいな楽をするためのノウハウが次々に生まれました。
 時は来た、と思いました。2019年、僕はこの恥ずかしいハンバーグを「学生ステーキ」というふざけた名称でSNSに投稿し、そこそこバズりました。

イラスト:森優
イラスト:森優

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 ただしこの「学生ステーキ」は、一般的なハンバーグとは大きくイメージの異なる料理でもありました。わかりやすく言うと、マクドナルドのパティだけ、みたいなものです。ただし僕としては、フランス料理の「ステーク・アッシェ」と同種の料理であるという自負もありました。だからこそ僕はあえてハンバーグではなくステーキと命名したわけです。それもあってその後は、一般的なハンバーグらしさはキープしつつ可能な限り楽ができるハンバーグレシピも新たに公開してきました。その最新版が「肉汁封鎖ハンバーグ」というものです。つなぎにちょっと工夫することで手を汚さずシリコンベラで混ぜるだけのハンバーグです。
 今は多くの料理家さんが、そうやって省力化しつつ本来のおいしさを損なわないレシピを次々に発表しています。最近話題になったのが長谷川あかりさんの「酒蒸しハンバーグ」です。これは基本原理の部分が僕の肉汁封鎖ハンバーグとかなり共通しており、今の人々が求める省力化を追求すると必然的にこうなるよなあ、という同時代性のようなものを感じました。言わば収斂進化です。今井真美さんの「あたらしいハンバーグ」は、玉ねぎを混ぜ込まずに同じフライパンで炒めてソースにするという合理的なアイデアです。そこはかとなく「食べれば一緒!」という平野レミ的な雰囲気も漂い、ズボラ料理界における王道といった趣です。

 じゃあ昭和の時代に成立したスポ根的ハンバーグは「無駄な努力」だったのか?と言うと、それもまた違うと思います。あの形にはやはりそこにしかないおいしさがあるからです。そしてそれはやっぱり今でも、万人にとっての「イデアとしてのハンバーグ」だと思います。
 子どもの頃、家族で母親お手製の、まさに昭和的ハンバーグを食べていた時、父親がこんな蘊蓄を語り始めました。
「外国のハンバーグはちっともうまくないぞ。日本は肉が高いから、玉ねぎやらパン粉やらでなんとかカサ増ししようと躍起になった結果、柔らかくておいしいハンバーグになったんだ」
 この見解の妥当性はともかく、確かに日本のハンバーグは「経済的」かつ「子どもが喜ぶ」というゴールを目指して進化してきたのは確かでしょう。何も混ぜない学生ステーキは、実はあんまり経済的ではなく、そしてどちらかと言うと子どもが嫌がるタイプの料理に仕上がります。
 面白いことに、時代をさかのぼるほど、日本のハンバーグレシピは意外とシンプルで硬派です。戦前までの料理本に書かれたそれは、挽き肉または刻んだ肉に、せいぜい少量の玉ねぎくらいを混ぜて丸めて焼くだけ、みたいな感じ。すなわちあの時父親が語ったところの「外国のハンバーグ」的なものであり、我田引水的に言えば僕の学生ステーキとそう変わらないとも言えます。
 こうなるともう、一体何が進化なのかよくわからなくなってきますが、ともあれ現代は大方のパターンがほぼ出尽くしたとは言えるのかもしれません。ひとりひとりがうまいことその中から自分の生活スタイルや味の好みにフィットするものに出会えたら、ハンバーグはこれからも作られることでしょう。コロッケのように作るものから買うものになってしまうこともなく、家庭料理の頂点として、引き続き愛され続けるのではないでしょうか。

次回は5/22(金)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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