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すべてが村上春樹に還る――新刊『街とその不確かな壁』を手がかりに、ヒット作が共有する「時代の空気」を考える

「セカイ系」、あるいは「世界の終わり」

 同時代の空気という点では、「セカイ系」という概念が参考になるかもしれない。2000年代初頭から使われ始めた概念で、ゼロ年代のサブカル批評の文脈において存在感を放っていた。論者によってさまざまな定義が与えられているが、評論家の前島賢が指摘しているように、当初は「エヴァっぽい(=一人語りの激しい)作品」を指す言葉として使われていた。「エヴァ」とは、もちろん庵野秀明が監督したTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-6年)と、劇場版を含むその派生作品のことである。

 そして、「セカイ系」の筆頭として名前を挙げられた作品の一つが新海誠の『ほしのこえ』(2002年)だった。ほとんど個人制作で作り上げられたことで知られるこの短編は、いみじくも「世界っていう言葉がある」というヒロインのモノローグで幕を開ける。モノローグの多用もさることながら、『ほしのこえ』のメカニック描写、戦闘描写は露骨に「エヴァっぽい」。

 先ほどから何度も述べているように、新海誠は村上春樹の愛読者だが、村上の長編『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は90年代以降に花開くセカイ系的な想像力の雛形と見なされることがある。まさに同時代的な想像力を共有していた作り手たちが、そこからそれぞれのやり方で自身の創作活動を展開していったわけだが、2023年に刊行された村上の最新の小説から始めた連想が、再び新海誠、岩井俊二、庵野秀明らの作品へとゆるやかにつながっていくのは実に感慨深い。すべてが村上春樹に還っていくかのようである。

イラスト:高橋将貴
イラスト:高橋将貴

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※注 興行収入は興行通信社のCINEMAランキング通信・歴代ランキングを参照

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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