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すべてが村上春樹に還る――新刊『街とその不確かな壁』を手がかりに、ヒット作が共有する「時代の空気」を考える

人々の心を捉える「孤独」のテーマ

 映画の興行収入をめぐる数字の話が続いたが、ヒットの条件がブランド力や知名度だけというのでは身も蓋もない。もちろんそれは大きな要因ではあるが、そのブランド力や知名度を備えるに至る過程があるわけで、その過程は作品(作家)ごとに異なる。

 村上春樹の場合は、繰り返される「孤独」のテーマが世界中の人々の共感を集めたことが指摘できる。「孤独」ゆえに多くの人々の心を捉えるというのは逆説的なようだが、同じ経験をしている人がたくさんいるからといって個々人の孤独感が癒やされるわけではない。むしろ集団の中にいるときにこそ、孤独は際立つ。村上春樹の小説は、一人ひとりの読者に「自分だけがここに描かれている孤独を理解できる」という幸福な錯覚を与えてくれるのである(じっさい、村上作品を「結婚詐欺」と評した文芸批評家[高名な映画批評家でもある]も存在するくらいだ)。

 村上春樹の愛読者として知られる新海誠のアニメーションにも、「孤独」の影が差している。連載の第5回でも取り上げたように、新海作品にはしばしば「孤児」あるいは「精神的な孤児」が登場する。

 村上の新作『街とその不確かな壁』には、新海作品を連想させるような描写が頻繁に出てくる。とりわけ第一部は、ほとんど『秒速5センチメートル』(2007年)に対する注釈ではないかと思えるほどだった。未読の方のために詳細は割愛するが、このパートでは17歳と16歳の男子高校生と女子高校生の、限りなくプラトニックな純愛が描かれる。

 新海誠『秒速5センチメートル』は、小学生高学年のときに出会った男女が(年齢的には村上春樹の『1Q84』[2009-10年]の天吾と青豆の出会いを思い起こさせる)、中学、高校、社会人と時間を経るにつれて疎遠になっていく過程を描いている。男はほかに恋人を作ってみるものの、結局、彼女の存在が大きすぎて、その関係を維持することができない。しかし主人公たちが結ばれることはなく、最終的に別々の道を歩むことになる。

 村上春樹の小説のほとんどは、人生の早い段階で自分の孤独を埋めてくれるような運命の相手と出会った主人公が、ある時点でその相手を失ってしまい、何とかして取り戻そうと冒険に出かける話である。その試みは失敗に終わることが多いが、『1Q84』や『騎士団長殺し』(2017年)のように何らかの形で成功することもある。両方のパターンがある点でも、新海誠作品と通じている。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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