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アン・ハサウェイが演じ分けた「働く女性像」――『マイ・インターン』から学ぶ、弱点を晒して信頼関係を築く方法

ベンの鋭すぎる観察力

 ジュールズとベンは親子ほども歳の差がある。ジュールズは母親との関係がうまくいっておらず、それもあって当初はベンのことを敬遠する。あるとき、ジュールズの運転手がベンに勤務中の飲酒を見咎められて、いなくなってしまう。代わりに彼女のドライバーを務めることになったベンは、ジュールズを自宅まで迎えに行った際、彼女の夫マット(アンダーズ・ホーム)に促されるままに室内へと足を踏み入れる。秘書のベッキー(クリスティーナ・シェラー)からは、ベルを鳴らしてドアの外で待つように言われていたにもかかわらずである。

 ジュールズの自宅に招き入れられたベンは、彼女を待っているごく短い時間のうちにたちまち彼女の夫や娘と打ち解ける。キッチンで娘のペイジ(ジョジョ・クシュナー)の相手をしているベンの姿を認めたジュールズは、一瞬、戸惑いの表情を浮かべる【図4】。『プラダを着た悪魔』のミランダが夫との口論を目撃されたときのリアクションを彷彿とさせる一幕だ。のちに自ら告白しているように、ジュールズは「プライベートを隠すタイプ」であり、ベンの行為は彼女の目に文字通り「立ち入りすぎ」たものと映ってしまうのである。

【図4】
【図4】

 ジュールズとペイジを乗せた車内の会話も実にそつのない見事なものだったが、そのことが逆にジュールズを警戒させてしまう。ジュールズは車内から会社のナンバー2であるキャメロン(アンドリュー・ラネルズ)宛にベンを異動させるように指示するメールを送る。その際に彼女が理由として挙げたのが「目ざとすぎる」というものだった。英語の原文では“Too observant”となっており、直訳すれば「観察力が鋭すぎる」となる。

 観察力が鋭いこと自体はもちろん悪いことではないだろう。じっさい、観察力や注意力はリーダーに求められる資質として非常によく挙げられるものである。ベンは電話帳の会社で40年以上働いた経歴を持っており、営業部長や印刷部門の責任者を歴任している。長年にわたってリーダー役を務め上げてきた人物なのである。運転手の飲酒に気づいたのも、彼の観察力の賜物である。

 別のシーンでは、CEO候補との面談に空腹のまま向かおうとするジュールズに対して、ベンが「スシでも買う?」と提案している。なぜ「スシ」なのか。実はこれより前のシーンで、ジュールズがスシを食べていることがさりげなく描かれている。キャメロンとミーティングをしている場面で、テーブルの上に寿司が置かれているのである【図5】。ベンは彼女のジャケットに付着した醤油のシミ抜きをするためにこの部屋を訪れ、その様子を「目ざとく」観察していたわけである。このとき、キャメロンからCEOを雇うことを提案されたジュールズはショックのあまり涙ぐんでいる。これはジュールズが不本意な形でベンに弱さを見せた最初のシーンでもある。

【図5】
【図5】

 プライベートを隠したいジュールズにとっては、ベンの観察力は脅威になりかねなかった。会社では有能で人望の厚いリーダーとして振る舞っているジュールズだが、会社の急成長に対応するために過重な労働を引き受けており、限界ギリギリのところで何とかやりくりしている状態だった。また、家庭をかえりみる余裕がなかったことで夫婦の関係に問題を抱えてもいる。ジュールズは、ベンの鋭すぎる観察力がそうした実態を見抜いてしまうことを本能的に恐れたのだろう。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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