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アン・ハサウェイが演じ分けた「働く女性像」――『マイ・インターン』から学ぶ、弱点を晒して信頼関係を築く方法

 ミランダの人間的な面を目の当たりにしたアンドレアは深く同情し、彼女に寄り添おうとする【図3】。仕事のために家庭を犠牲にするのが男性であれば、世間はそこまでの非難を浴びせないだろう。これが女性となると、途端に槍玉に上げられてしまう。明らかな女性差別だが、残念ながらこうした風潮は現代にもまだ残っている。まして映画が公開された17年前においてはなおさらである。同じ女性として、その苦労はアンドレアにも覚えのあるものだった(仕事が原因で彼氏とすれ違い、一時は別れるまでになる)。上司と部下という間柄を超えて、女性同士の連帯が生まれかけたエモーショナルな瞬間である。

【図3】
【図3】

 じっさい、この後のシーンでミランダが『ランウェイ』誌の編集長を解任されるという話を聞きつけたアンドレアは、何とかしてそのことをミランダに伝えようと努力する。ただし、アンドレアは、編集長の座を守るためのミランダの手段を選ばないやり方に反発を覚え、結局は彼女のもとを去る。

弱みを見せることの効用

 特に職場においては、「弱み」は見せるべきものではないと思われているかもしれない。しかし、リーダーシップの議論では、実はしばしば「弱み」の効用が指摘されている。たとえば、ロバート・ゴーフィー(ロンドン・ビジネススクール教授)とガレス・ジョーンズ(BBC 人事・社内コミュニケーション担当役員)は「共感のリーダーシップ」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『リーダーシップの教科書』[ダイヤモンド社、2018年]所収)という共著論文のなかで、部下をやる気にさせるリーダーの第一の資質として「みずからの弱点を認める」ことを挙げている。なぜなら、弱点を晒すことは「自分も同じ血の通った人間だと示すこと」につながるからである。それによって信頼関係が築かれ、仲間意識や連帯感を高める効果が期待される。

 最終的には別々の道を行くことになったが、『プラダを着た悪魔』のミランダとアンドレアの関係性はまさにそのようなものとして理解できる。ミランダは仕事の鬼であり、納得できるクオリティを引き出すためには手段を選ばず、敵を作ることも厭わない。ここで重要なのは、ミランダがそれをきちんと自覚している点である。自身の振る舞いが家族を犠牲にし、部下をはじめとする周囲の人間に多大な負担を強いていることも、もちろんわかっている。すべてわかったうえで、あえて冷徹な態度を基調とした「仕事の顔」を維持している。そして、その仮面を一時的に脱ぎ捨て、一人の女性として、あるいは一人の母親として、人間的な弱さを見せた瞬間にこそ、アンドレアは深い共感を覚えたのである。

『プラダを着た悪魔』と『マイ・インターン』の共通点

『マイ・インターン』(ナンシー・マイヤーズ監督、2015年)は、『プラダを着た悪魔』とセットで語られることの多い映画である。『プラダを着た悪魔』でファッション誌編集長のアシスタント役アンドレアを好演したアン・ハサウェイが、『マイ・インターン』では女性向けファッション通販会社の社長ジュールズを演じている。わずか25人で始めた会社は、彼女の才覚と努力によって、瞬く間に220人の規模へと急成長を遂げている。そこに70歳のシニアインターンであるベン(ロバート・デ・ニーロ)がやってきて、ジュールズの部下として働くことになるという話である。

 アン・ハサウェイとファッションの印象が『プラダを着た悪魔』を連想させることにくわえて、上司と部下の関係性を中心に描いている点も共通している。さらに言えば、『マイ・インターン』でも、上司のジュールズと部下のベンの関係を深める契機として「弱点」が効果的に機能している。しかも、『プラダを着た悪魔』の9年後に公開された映画だけあって、その描かれ方はより現代的に「アップデート」されている。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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